シャーロック・ホームズ(映画・BBCドラマ)
Sherlock holmes 2

Sherlock BBC drama


ひっさしぶりなので、長いですよー、このブログ。しかもダラダラと。
覚悟してちょーだい。

新年の挨拶をこんなに長く残してしまっていたら駄目ですよね。
でも何とか1月中に更新できてよかった。寒中お見舞い申し上げます、葦沢リオです。

リオって書くんですけど、このリオはLeo AshizawaのLeoからきてるので
みんなにレオって言われるんですよね、どーしたもんだ。かといって英語読みのリオです。
って言い直すのも面倒くさいし。

名前にこだわりがあるけれど、どーよばれるかはあんまりで。
人にもよくあだ名をつけるし。

僕は人の名前を覚えるのが本当に苦手で。覚えようという気がないってよく言われるんですけど、そんなことはないです。みんなもアレでしょ、別に人の名前を「よし、覚えるぞ、覚えるぞっ」って暗記するみたいに覚えないよね。でも僕は、一度会ったことがある顔は絶対に忘れません。

視力は悪いくせに、目から入ってきた情報に関しての記憶力は良いわけです。でも耳は駄目だ。



最近、よくイギリス人連中に、LとRの発音で弄られるんだけど、最近いっぱい聞けば聞くほど、どんだけ頑張ってもLとRの発音だけはもう絶対に聞き取れないんじゃないかと不安になってます。
イギリス英語だから逆にわからないのかなぁ・・・あぁ、ショックだなホント。

英語をしゃべり出して最初の頃にぶちあたった壁はLとRで、その後なーんとなく、LとRの違いはわかるような気になって
さらにぶちあたった壁がVとBで、それもなーんとなく「わかんじゃね?」ってなって、「俺英語できるようになってきたんじゃね」って思ったら、今はもう文法がしっちゃかめっちゃかで、現在形、過去形、過去分詞系などぐっちゃぐちゃで、それを何とかしないとって気がついたら、LとRがまったく聞き取れなくなってるという・・・一体全体どーなってるんだと。

最近、本当に英語でちょっと悩んでます。

聞き取る耳と話す口は密接なつながりがあると、良くきくんだけれど、そーんなことないんだからね。耳が良い人は発音がよくなるといいますが、あのー、これが歌手級の耳をもってれば正しいのかもしれませんが一般の人に関しては、発音は耳の良し悪しは関係ないっすよ、95%あきらめずに綺麗にしゃべろうとする努力です。


で、先日のOedipus at Colonusでメッセンジャーの役をやったんですが、これが5ページくらいの台詞を延々と1人で
話し続ける役なわけです。どーやってオイディプス王が死んだのかを説明する役なんだけど、いやー、長い長い。

でも、2500年も前に書かれた台本なのに、よーくできた台本だからカットするところもないし、できないし、そのままやったんダスが、もちろん活舌と発音は課題になるわけです。お客さんにわかってもらえなかったら終わってるからね。10分以上のモノログなんて面白くなかったら地獄なもんで。

Oedipus at Colonus local man
(一つの舞台で二役は初めてだったので勉強になりましたとさ。)


<お越し頂きました皆様、ありがとうございます。>


Oedipus at Colonus messenger


で、意識して丁寧にやりましたよ、フィードバックを聞いてもわかりやすかった、と言ってもらえたし。たーだ、台詞を言う時、きもちろんLとRの発音は丁寧に分けています。だから僕の発する口はLとRの違いを知ってるはず!・・・なのに、聞き取る耳はまったく理解をしません。「は?」なわけです。

ちなみに新しい単語の場合ほぼ、9割はLとRの違いはわかりません。僕の耳はそんくらいひどいです・・・。LかRかわかる理由はその単語を知ってて視覚的に単語が頭に思い浮かぶからです。よーするに、LとRがややこしい単語をすべてマスターするしかないってことかもしれません・・・・。

もちろん、言葉の意味は知っていてもスペルを知らない単語もいっぱいあります。その単語でLとRの違いはいえません。
でも、その単語を使用しているときも人には理解してもらえます、僕は「曖昧LR」と呼んでいますが、例えば「ソリロクイ」これは独り言的な意味をあらわすんですが、この単語のスペルは知りません。あえて探しません。

でもこの単語にはおそらく2箇所はLやらRやらの発音があるんでしょうが、僕は「曖昧LR」でいつも乗り切ってるわけです。他にもそんな単語は多々あります。そんな僕の「曖昧LR」これを卒業しないと一生LとRの違いが分からないのかと鳥肌がたってしまいます。


ね、つまりまだまだ僕は役者としての自分と個人としての自分の境界線が曖昧なんだと。

僕の芸名はLeoです。本名はRで始まります。
「曖昧LR」、非常に曖昧な存在なわけです、ある意味ナンバー2、ボンクレー。

でも、そんな曖昧もミーでマインなので(古っ)あきらめないで頑張っていけばいいと思います。

あきらめずにずーっとサッカーを楽しく続けてたらこの年になってついに夢の10番を背負ってますからね、フットサルチームのWandle City FCの。

僕が言い出しっぺのチームなので、フットサルリーグに加盟する際につくったユニフォームで番号を決める時に、思い切って、仏様の右腕のように、天上天下唯我独尊よろしく天につきあげ名乗り(勝鬨?)をあげました「10番がいいって」みんなオッケーっていってくれたよ、おい。嬉しいなぁ、30歳越えてまさかの夢かなったり。

高校以来一番スポーツやってんじゃないかな今、って思います。ほらね、諦めないこと。

だから6チーム中、僅差で4位なので、残り4試合無敗で頑張れば、上のリーグに上がれることもあきらめないし、英語のLとRをちゃんと聞き取ることもあきらめないし、役者と個人の自分もあきらめません。

「この世で諦めないといけないことなんてないのだ!フーン、フーン(鼻息)」

テンションあがって書いてしまったけど、んなわけないっつーのね。


だって例えば、俺、もう身長諦めたもんな。


これはいわゆる諦めたってことに入るのか・・・・うん、入りますよね。

実は「諦める」、「諦めない」ってのは科学的ですよね。そもそもネガティブな言葉っぽく捉えられているので「諦める」ことは良くないって言うけれど、すべての言葉には表裏があるので、例えば、「俺、諦めることにするよ。」っていうのと「俺、進むことにするよ。」ってのは、話し手の時間軸の視点が違うだけで事象に対しては同じ意味なわけでしょ。

諦めるってのは自分の中で経験と勘を頼りに、起こりうる未来の可能性を比較した時に、成就する可能性が高いか低いかで決めてる非常に論理的なものなわけです。

個人の尺度のみでしか測ることのできない意味というでは普遍的でなく、科学的ではないけれど、人間はどこかで個人を制限のない宇宙と無意識にとらえているから、普遍的で科学的根拠に基づいている。なので、とても科学的・・・ん個科学的?

「Science of deduction、科学的根拠に基づいた消去法によって導き出された答えは、それがどれだけ奇妙で不可思議で、不可能な出来事であったとしても、それが真実である。」って言い切ってるからねシャーロックは。

人間は自分を律して、自分が生きるに心地よい策・柵・枠を設けて内側に重きをおいて、外側の侵入から内側を守り、成長と共にその策・柵・枠を広げていくけれど、そういう策・柵・枠をとっぱらうことが出来る人は科学と個科学がきっちり一致しているんだろうね。たとえそうでなくっても、個人個人の決断は他人から見ればあぁ、奇譚やなぁ。

そんなこんなで映画草子、徒然と・・・。

まずは【Sherlock】から

昨年ファーストシリーズがNHKで公開されたようですが、シャーロック・ホームズを現代におきかえた秀作、BBCのどらまです。ホームズとワトソンはビクトリア朝時代とは違い、「シャーロック」「ジョン」と名前で呼び合い、シャーロックは探偵コンサルタントとして、自分のウェブサイトを持っていて、ジョンはストランドマガジンに記事を載せるのではなく、ブログを書いています。

二人が始めて出会う事件、原作は『緋色の研究』ですが、本作だと『桃色の研究』というような具合にシャーロック・ホームズ好きにはたまらんわけです(フー、フー(鼻息))

もう何回もみちゃってます。ものっそいお勧めです。
あー、やっべ、また観たい。

クオリティーもドラマにしてはかなり高く、1シリーズ全3話なんですが、1話、CMなんて入らずにきっちり1時間半ありますからね。

最近、セカンドシリーズが終了してDVDが出たところなので、早速購入をもくろんでるわけです。

シャーロックの頭脳と変人奇人っぷりを浮き彫りにしてます。





そしてお次は【シャーロック・ホームズ<シャドウゲーム>】です。

これは言わずもがな、ガイ・リッチーのシャーロック・ホームズ2作目になります。
ライヘンバッハの滝に準えたモリアーティーとの対決作品。

アクション映画っぽく仕上がっちゃってますけどね。
まぁ、まぁ、まぁ・・・ね。

まぁまぁでごまかしてるよーに見えるかもですが、
あのね、観たのが12月だから結構、なんつーかそのときの考えて
徒然いけそーなことを忘れちゃってるのと、、、、正直ちょっと疲れてきたのよ。
(あー、早く【戦火の馬】の憤りを、覚えてるうちに書かないと!)

ていうか、おそらくみんなのほう長いダラダラなブログに疲れてるっつーのね。

ここで説明しなくてももう、みんな見たんじゃないかな・・・って今、ウィキペディアを観たら公開が今年の3月なんですね。

んー、日本って結構根強いシャーロキアンがいるはずなのに、なんでなんだろうなぁ。
なんでこんなに公開が遅いんだろ。





昨年の11月に誕生日を迎えてから今年は良い風が吹いています。
肌に実際に風を感じます。月曜日、30日はテレビの撮影です。

4年ぶりくらいに髪の毛を切りましたよ、結構短く。

切りたいなーとは思ってたもののここまで切ってないと何かきっかけがないとね。それに1人芝居のケンとギリシア悲劇のテレシアスを考えると長いほうがいいのかなーってのも思ってたし。でも正直とってもいい機会でした。

とはいえ、まだなれないし、雰囲気が消えちゃったのは残念だけど。でも、飛行機の副操縦士なので、あの小汚いロンゲはないだろうと。

これが終われば、11月からの劇走がやっと落ち着きます。とはいえ、2月末にもう一つ面白そうなお話が来てて、まだ日付決まってないけど、それが決まったとしても2月の上旬はちょっとゆっくりしたいのだ。

そんなこんなで

「僕は元気にやってるよ。」

「皆も元気でやってけよ。」


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2012-01-27 22:06 | 映画草子 | Comment(0) | Trackback(0)
謹賀新年
皆様、昨年は本当にお世話になりました。
今年もどうぞ宜しくお願いいたします。

2012謹賀新年


僕は「元気でやってるよ」、今年もみんな「元気でやってけよ。」

ロンドンのNew year花火は強烈でした。今までにこんな派手な花火はみたことがありません。
こんな派手な一年になるように、僕も頑張ります。




P.S.一人芝居の公演が去年12月23日に終わり、今度はギリシア悲劇の公演が10日から始まります。
詳しくはこちらでも確認して下さい。(PCでね。)
http://www.leoashizawa.com/#!news


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2012-01-02 11:59 | 雑記 | Comment(0) | Trackback(0)
THE RUM DIARY(邦題:ラム・ダイアリー)
The Rum Diary

またまた今日もエイガノソウシで語ります、葦沢リオです。

何か起きそうで起きない、起きなさそうで起きそうな色んなことで頭が一杯の日々を過ごしてます。
ちまたはもうクリスマスムードでどこに行っても5割増しほど人で溢れかえってます。

何か特別なことが起きそうなこの時期の雰囲気はとても好きです。
本格的な冬が突然到来し、空気がいっそう澄み、景色が綺麗で。
サマータイムが終わるとイギリスはいっきに日照時間が短くなるものの
この12月という一ヶ月は、不思議な暖かい気持ちに包まれます。

今週末は、僕の所属するフットサルチームWandle City FCのクリスマスパーチーまであります。
徐々に予定が着々と埋まり、その中で自分の時間をどう使うかをしこたま考えているわけで

肝っ玉の小さい性格から、不確定な予定にハラハラしてるんですが、
もし全部がうまくいくと来年の3月終わりくらいまではものっそい忙しくなってしまいそうで
嬉しい反面不安もあり、

いったいどーなるんだ!とびびっていたりします。

最近は、自分の作品を申請しても通らないことが多く、
自己不振やら自己嫌悪に陥り煮え切らない日々を過ごしました。



そんな時、自転車で帰宅の途中、こんな状況にかち合いました。


2階建てバスの運転手が交差点を左折しようとしたところ、無理やりバンが直進。
「うわー、危ねぇなぁ。」
と他人事で観ていると、もちろん他人事でなかった運転手、

すさまじい、形相で(見えないけど、バスの動きが物語ってます)バンに詰め寄り
ギリギリまで寄せ、クラクションを鳴らしまくっています。

それでも、怒りが収まらなかったのか、赤信号になった瞬間にバスを止め(もちろん乗客乗ってます。)、わざわざバスから出て行き、バンをバンバン(・・・)叩きまくり、バンの運転手に向かってバリバリ罵詈雑言(・・・)。

もちろん、運転手のいないバスは孤立無援の、赤い鉄の塊と化しています。
怒りの収まらない赤ら顔の運転手はもう自分がまっかっかだから、信号が赤から青に変わったとしても、何も気づかない。

赤い鉄の塊の後ろには大渋滞が出来ています。
もう、クラクションのオンパレード、いや、オーケストラ。すごいったらありゃしない。

すると対向車線の乗用車にのったおばさん、赤信号の隙に赤ら顔の運転手に話しかけています。
もちろん、運転手は聞く耳もなく、おばさんも説得が必死なのか、観るに見かねて、車を降りて
説得に入りました。

真っ青になりつつも必死で説得するおばさんを尻目に、信号は赤から青に。

もちろん、対向車線の乗用車も孤立無援の鉄の塊になります。
新しいカンパニーがやってきました。クラクションのオンパレード、いや、オーケストラ。

すごいリズムですごい音量でオーケストラは進行します。

時間とは無常なもの、赤ら顔の運転手を尻目に信号は青に変わります。
バンバンのバンは何事もなかったかのように、進みだします。


残された赤い鉄の塊と鉄の塊。


赤ら顔の運転手に、真っ青なおばさん。



ついに、説得に成功した真っ青のおばさん、運転手の信号が赤から青に変わりました。
おばさんも青から、まぁ、黄色に変わったわけです。


その後は何事もなかったかのように、赤い鉄の塊はバスとして、
鉄の塊は乗用車として、ぶいーーーんと・・・・・・。


その傍らで自転車にのっていた僕はポカーーーンと・・・・。



いやはや、なんたるアウトプット、自己主張。


怒りを抑えきれず発散したい運転手
優しさを無視できず、声をかけたいおばさん


アウトプットの極みを尻目に、頭の中で考えがグルグルしました。



日本だったらこんな人前でこんなに人がアウトプットが、オーケストラが奏でられることはないでしょう。



おそらくここまで大渋滞を起こしてまで、ブチ切れる運転手
それを優しくなだめるおばさん、こんな目に見える物語にならない。

だからこそ、起きる問題もいっぱいあるんです。
もし、そばに武器があれば。いったいどうなったんだろう。


主張することが当たり前のイギリスで、主張しないことが(変わりつつあるけどね)、日本で。


日本も西洋化と、世界で戦うために、主張することが当たり前になりつつあるけれど、
ちゃんと<おばさん>は現れるんだろうか。


おばさんが現れない主張文化は危険です。


自分が主張するということは、運転手であることと、おばさんであることです。
運転手であるだけでは駄目です。運転手になるのは簡単ですが、おばさんになるのは難しい。

本当は難しくないけれど、難しい。


考えると、耳鳴りがします。


沈黙が美徳だった昔の日本とは決別し、表現を美徳にすることに決めたのなら
おばさんがいっぱい増えて欲しいな。

でも、同時におばさんがいなくて住む世界は素晴らしい。


運転手やおばさんがいない世界といる世界。
どちらも正しいけれど、僕はやっぱりいない世界に憧れる。


【The Rum Diary】
監督/脚本 ブルース・ロビンソン
出演者 ジョニー・デップ/アンバー・ハード/アーロン・エッカート/ジョヴァンニ・リビシ/アマウリー・ノラスコ/リチャード・ジェンキンス


実在したジャーナリストのお話。相変わらずのジョニーデップが好演。

運転手とおばさんが潜在的に存在していた世界で、物書きをする人間が、運転手にもなれず、おばさんにもなれず。運転手とおばさんに触れ合うことにより、運転手とおばさんが抱える共通した問題を浮き彫りにし、書き綴るように、いかにして彼はなったのか。

人が立ち上がるということはこういうことなんだと思います。
ただ、そうせざるを得ない状況にあることが悲しいと感じつつ。






すっきりしない企画が一つあります。
はっきりしない扉が一つあります。
力を注がないといけないけど、当分すっきりしない企画が一つあります。
はやく見つけたい大きな扉があります。

ただ、一つだけあきらかなこと。

来年、1月10日〜1月21日までモーニントン・クレッセントのTheatro Technisでギリシア悲劇【コロノスのオイディプス】に参加します。今回はジジイじゃないよー。

詳細はまた、僕のおふぃしゃる・うぇぶさいとにて。
<ニュース>←クリック

Oedipus at Colonus

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2011-12-05 17:17 | 映画草子 | Comment(0) | Trackback(0)
IN TIME (邦題:TIME/タイム)
In time

またまた、映画草子でこんにちは。

行き詰ってます。時間が無いのに行き詰ってます。あ、時間がないからか。

最近、あまり皆さんにご報告できるような活動はできていないんですが、
裏ではもうバッタバタ動いてるんです、実は。

公演をうつまで辿り着けてない案件がいくつかあって、
一人芝居でも没になったKENのお話があったりと(あー、あれやりたかったなぁ)動いてはいるんですが、なかなか形にならずもどかしい数ヶ月を送ってます。

今日も一日、KENの違うお話を練り練りしているわけですが、あー行き詰ってる。締め切りが近いってのにもかかわらず、気分転換にこのブログを書いちゃったりなんかしてます。そーすることで、ちょっと考えも纏まるかなぁーなんて。

作品を申請する時にいつも聞かれることがあるんですが、
それにどうにも引っ張られてしまい、テーマなんてくだらん事を堂々と語らないといけないのがすごく辛いんですよね、それをベースで作品の方向性をもっていくと残念ながら、お庭に収まってしまう。

どーせなら、育ちすぎた木の枝がとなりのお宅のお庭にどーんと伸びてしまって、それが実は何か未知の実がなる木で、その木の実が僕の庭ではなくて、お隣さんのお庭にポトポト落ちて、何か色んな匂いとか色んな虫がわんさか実から出てきてしまって、うわー、、、どーしよーって思いながらも、お隣さんの反応が気になって仕方がない自分勝手な猫が塀の上で日向ぼっこをしているみたいな。。。。そんな風にしたいんですが、

「あなたのお庭はどこですか。」
「あなたのお庭の塀はどれくらいの高さですか。」
「どの辺りに木を植えたいんですか。」

みたいなことをまだお庭すらちゃんと造ってないのに、聞かれると、
え?e?E?ちょっと待って・・・みたいなことになるんです。

とはいえ、もちろん主催側からすると、どんなものか何故、それを創りたいのかそーいったものは把握し、ホストしたいんでしょうから、気持ちはよくわかります。

「じゃー、そーじゃないところでやれよ!」

って心の中で例の少年が叫び散らすわけですが、今の目標はそれも含めてのステップアップなので、そこで戦っていきたいんです。

「じゃー、それで頑張れよ!」

って例の座布団に座ってたたき棒をバタバタやってるおばさんに言われます。

この少年とおばさんは本当に仲が悪いから、
僕も間にはいって折衷するのが大変なんですよね。

で、疲れちゃって行き詰っちゃって、とりあえず、じゃーまずお庭の設計図でも書くかってなるんですけど、それもうまくいかない。

で、ここに帰ってきちゃいました。

記憶が鮮明なうちにこの映画草子を書いておきたかったってのもありますけど。


もともと僕がずっと続けている一人芝居First impressionsってのは、
自分への問いかけでもあり、戒めでもあり、人類愛でもあります。
(うわー、でっかい事言っるよ!)

昔、人を見かけ判断して、ドでかく反省したこともありました。
(また↑みたいな感じでお話書こうかな)

そういうことも含めて、KENという存在に僕はとても感謝しています。

彼を少しでも押し上げてあげたい親心もあって、新しいステップに挑戦中です。


昨晩はこちらの役者さんたちと役者談義に花が咲き、素敵な一夜を過ごしました。
役者は酒のみがおおいし、話し出したらとまらないから、話題がつきないつきない。

それに、みんな声も動きもでかい。

仕事柄、身体と感情と声のリンク率が他の仕事をされている方々よりも高いんだと思います。

高い?・・・いや、もとい、その3つをつないでいる筒というかTubeというかトンネルというか
その弁、ドア?の締まりが悪いんでしょうね。駄々漏れのゆっるゆる。



近所迷惑もはなはだしい夜中の3時。。。。



僕も早く、そんな先輩の役者の方々においつくよう頑張ります。

って、さっきから頑張りますを連呼しているよーな気がします。
って、今ちょうど何回「頑張ります」って書いたのかなって遡って読んでみたんですけど、
一回も書いてないですね。はは、独り言で「頑張る」をつぶやいてたのかね。

巡り巡りめく思考回路の迷路。


楽しい時間はあっという間にすぎてしまう。
このブログを書いてるときもあっという間に時間が過ぎてしまってるんですよ。

そーいえば、最近一日がすごく短く感じるのに、月日がものっすごく長く感じる現象に戸惑ってます。
たとえば、今週の月曜日に一つ新しいお芝居を劇場に申請したんですが、え、月曜日?ってなります。


え?提出してからまだ1週間もたってないの?もう一月くらい前に提出したような気がします。
時間の流れと、自意識の流れに結構な差があって。時間が流れない流れない。でもそーいった楔以外の出来事を抜きにすると、1ヶ月とかあっという間に過ぎているような気もするんです。


んー、んー、これは時間が経つのが早いのか?遅いのか?


たとえば、日本にはもう2年も帰ってません。
例のヘル・ニア・大・爆・発(バス・ガス・爆・発風)事件から一度も帰ってないです。
あー、もう2年も経つのか・・と同時にまだ2年しか経ってないのって思うし。

痛みの記憶もあいまって、半年くらい前まで日本にいたんじゃないかって
錯覚に陥ります。

身体の色んな部分が時間を記憶してる。


明日は僕の大切な友達の結婚式です。
本当は帰って一緒に祝いたかったんですが
苦渋をのむことになりました。


この場を借りて


「本当におめでとう。」



うどん鉢、2杯両手に、うどんと丼ぶりを食べていた僕の<胃>ちゃんが
あの頃の時間を覚えてます。


先日、23日大切な一日をとても素敵なフランス料理屋で過ごしてきました。
僕の<目>ちゃんがその時間を覚えて、僕の<裏腿>ちゃんがすべての始まった瞬間を記憶しています。





「時間は誰にでも平等にあるんだからね。人の時間を無駄にしてはいけないよ。」





時間にルーズは母親が僕にいつも言い聞かせてくれていました。






シュール。





瞳孔が開く音が聞こえます。






気が付けば、今日一日、もうこんな時間になってます。
やっばい、やっばいって焦ります。自嘲的にこの焦りも大事だって知ってるんですけど、焦ります。

焦るだけで、特にだからといって良いことはないんですけど、焦ります。

急ぎたいからって電車に乗って電車の中で走っても結局駅に到着する時間は一緒ですからね。
(小さい時に、みんなもやったことあるでしょ?)


でもそう考えると時間ってのは平等に流れてないんだなぁ。

社会の中で存在する時間を人は共有しているから、時間はすべての人に平等。

でも人それぞれの時間の使い方や
時間への感覚は異なるわけで。

時計の針が1-12を2周するという事実が
果たして平等を意味するのか。

たとえば、小学生の頃の1年はすごく長い。
中学も高校も3年間しか通ってなかったってのが信じられないくらい。


さっきの身体のそれそれのパーツが時間を記憶するって感覚でいうなら
身長がぐいーんと伸びたり、体重がぶいーんと重くなったり

身体に時間が刻まれるあの成長期と思春期はそりゃー時間も長いでしょうよ。
だって、体全部で時間を記憶できるパーツが日々変化してくんだから。


てことは、僕が今時間を長く感じるのはどこの部分だって考えると
ぱっと思いつく部位がありました。




舌ですな、確実に。



顎も、かな。




・・・時間は、それにともなう身体的成長でおそらく体感時間を変化させるから、
時間が遅く感じるってことは成長してるってことに・・・・・・・しときます。これ以上話してもキリがないもんね。

よし、じゃー、俺は最近成長してるんだ!・・・・ってことにしときます。

めざせ身長180cm!
(弟二人とも180cm超えてんだよね・・・なんでおれだけ。。。)


でもさ、成長ってじゃぁ、何をもって成長・・・・・


やめときます。



こんな話を延々と付き合ってもらうのはあまりにも申し訳ないので。
それに実際ここまで読み進めてくれている方にはまず、いきなし御礼を。

でもね、でもね、映画草子に関係ある話しなんですよ、実は。

ほら、映画草子、徒然と・・・。

【TIME/タイム】

監督・脚本・製作 アンドリュー・ニコル
出演者 アマンダ・サイフリッド/ジャスティン・ティンバーレイク/オリヴィア・ワイルド/ジョニー・ガレッキ/マット・ボマー/ヴィンセント・カーシーザー/エレナ・サティーン/アレックス・ペティファー/キリアン・マーフィー


アンドリュー・ニコルは僕のバイブル【ガタカ】の監督です。
彼の映像は透き通るような透明感に貪欲で、懸命な人間の生き方ぶつけるような作品が多くあります。

暗い海の中で象徴的にひかり時間をきざむ左腕。

この作品は、平等に与えれているはずの時間がもはや平等でなく、貨幣は存在せず、左腕に刻まれた時間を貨幣代わりに扱います。生きることと時間が等価価値になっている。25歳までは無条件に生きることができ、それ以降は仕事をすることで時間を稼ぎ、時間が切れると死を迎える。仕事によっては1日働けば、1ヶ月分の時間を稼げる人、1日働いても23時間しか稼げない人。さまざまです。

ガタカに続く、かなり一般評価は低いですが、僕は大好きな作品です。


時間はもはや平等ではなく、生きることは時間を使うこと。

実際そうですよね、生きることは時間を使うことです。



同時に、こんな良い作品であったとしても、役者が駄目だとこんなに駄目になるんだ
ということを久々に目の当たりにして、肝に銘じようと思いました。



あ、そっか俺の時間記憶部位は肝臓なんだな。
最近、肝に銘じることがめっさ、多いし、お酒いっぱい飲んでるし!




総じて、、、きもっ。



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2011-11-25 15:56 | 映画草子 | Comment(1) | Trackback(0)
CONTAGION (邦題:コンテイジョン)
Contagion

また約1ヶ月ほど、ご無沙汰してしまいました。どうも葦沢リオです。

そう、決めました!

これからはブログは映画草子にしようかなと。だってもう映画のことしか書いてないもんね。後ちょっとした宣伝と。

でそこに日々にグダグダを書きたして、最後に映画話で締めるっ。

2年位前にお休みに入ってしまって、もう書いてらっしゃらないんですが、僕の好きな役者さんの書いてらっしゃったブログがまぁ、長いのなんの、でも締めるところしまって面白いのなんの。最近、読み返したらやっぱり面白くて、見習わないといけないところもあって、・・あって、あって、・・・ってな具合で感化されました。

その方も言ってらっしゃったのですが、


ブログを書くことで<楔>になる。

普段、生活している中でフワフワその辺りに浮いている幻想や妄想、

色々頭で考えて試行錯誤する発想、なんだかんだを繋ぎ止める楔というか、
船の碇みたいな役割を果たしてくれています。


まぁ、なんだかんだで、助けてもらってます。かといって、それだけを書くのは難しいのだ、いろんな意味で。だから、映画草子という大義名分の下、枕言葉的にグダグダを書いていこうかと(こんな風にね)

だからタイトルも【葦沢リオの「元気でやってるよ」「元気でやってけよ。」】改め、【葦沢リオの映画草子】にしようかなと。とはいえ、そもそもブログの動機を謳ってるタイトルを変更するのもなぁ・・・ってな具合で決まってません。決まったって言ったけど。

あーと、最近、オフィシャルうぇブサイトにSubsriptionの欄を追加しました。
是非、皆さんSubscribeしてください。新しいお知らせは真っ先にNews letterで送りますので。
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最近、自転車通勤をしてます。45分くらいかけて15kmくらいの道のりを走ってるんだけど、色々あります。

杖で一生懸命、落ち葉を掃除して、うまくいかないからイライラしてるおばあちゃんとか。

むっきむきの本気サイクリストがバイクと一緒のスピードで走りぬけたりとか。

子供を前と後ろに乗せて車道を本気で走っているおかんにハラハラしたりとか。

自転車にのりながら二匹の犬を散歩しているおばちゃんにハラハラしたりとか。

おっしゃれーなレーサーバイクに乗ってるモデルのようなお姉さんにドキドキしたりとか。

70近いようなお爺さんがあきらかに僕よりも早くてワナワナしたりとか。
(老人Zって名付けていつも勝手にレースしてます。)

いつもすれ違うおっさんと瞬間の会話をしたりとか。

空が、雲が、とても低かったりとか。

川沿いにカモメがいっぱいいて頭がグルグルしたりとか。

まぁ、色々あります。

その中でも、朝のPutney Bridgeという橋を渡るんですが、その橋からの景色が何て綺麗いことか。テムズ河にかかる橋は何本もある東から西まで、でもこの橋が一番好きな景色で。

橋っていいよね。色んな建造物の中でも橋は1,2を争うくらい好きなもので、話したらきりがないけど、架け橋なわけでしょ。色んなものの、物質的コミュニケーション。昔、ブリストルで見た霧の中に浮かぶ、クリフトン・サスペンション・ブリッジなんてたまらなかったなあ。

話はそれたけど、ロンドンの景色って結構みんな他のヨーロッパに比べると「んー」って言うんだけど、僕としてはそんなことなくて。いやーそれはもちろん、パリやプラハみたいな街は、もう街全体が、「うはぁー」って感じなんだけど、ロンドンってこー、自分の景色を切り取りやすいんだな。

自分のお気に入りのフレームを探せる。街全体が「うはぁー」って街は切り取れないの。切り取っちゃうと成立しないの。

で、このパットニー・ブリッジからの景色、雨の日も、曇りの日も、晴れの日も、霧の日も、
その日その日にまったく違う顔を持っていて。


毎朝、今日は今日という別の一日だってことを本当に気づかせてくれる。


あぁ、なんて贅沢なんだ。うん、その贅沢ついでに、今の野望は30分早く出て、橋の上の歩道でリビングストン(自転車の名前ね。)にもたれながら、タバコを吸いつつ景色を楽しむ。

近々実践します。ただ、僕は朝が弱い。驚異的に弱い。

昔、尋常じゃなく忙しかった20代前半の頃、「毎日を思いっきりストイックに生きるから朝だけは唯一俺が俺に甘い瞬間」という約束をして以来、制約による誓約でストイックさの程度の獲得と代償に早起きは三文の徳を失いました。


今それをとりかえそうと必死ですが、これがうまくいかない。
新しい制約と誓約で上書き保存するための制約を模索中なわけです。


そんなこんなで高校を卒業して以来、一番運動をしているのも今。この3ヶ月前からWandle City FCと名づけたフットサルチームを作って毎週フットサルもしてます。やっぱり身体を動かすのは生にあってるなぁと実感する日々です。

鮫やマグロみたいに泳ぎ続けてないと呼吸できないように、僕も運動していないと<ここで>呼吸できないんでしょうね。

ずっと男祭り的に団体スポーツをやってきた僕にとって、寂しがり屋な僕にとっては
チームっていう概念は大事だし、それにそうやって何かすることで新たに生まれる人と人とのつながりも大切に感謝していきたいものんです。


だからこの映画、コンテイジョン(やっとかよ。)それは、その人と人との繋がりが媒体となって蔓延する病気であり、どれだけ培ってきた人間関係であっても、瞬間で瓦礫の中に埋めてしまいそうな破壊力をもっているわけです。

・・・映画草子、徒然と。。。

【Contagion】

監督:スティーブン・ソダーバーグ
出演者:マリオン・コティヤール/マット・デイモン/ローレンス・フィッシュバーン/ジュード・ロウ/グウィネス・パルトロー/ケイト・ウィンスレット/レイチェル・ワイズ



最初っから飛ばしてしまいますが、いんやー、もうたまらん。
久々にものっそい面白い映画を観れました、しかも連続。こんな幸せなことはなかなかないですよ、近頃。
(この次の日に「In Time」って大好きなアンドリュー・ニコルの映画を観たんですが、これはまた次回。)
昔はそーいうことも結構あったんだけどなぁ。

日本で映画の日(今も毎月1日?)に最高1日で5本みたことがありますが、あの頃は結構面白い作品を立て続けに見れたりもしたなぁ。


まぁ、とにかくソダーバーク監督、今までの作品にも片鱗を出していたけれど、今回は特に顕著でした。

すべての登場人物が一つの出来事に対し
しっかりとした物語を持ちながら、隔たり無く進む。
効果音的な音楽が印象的に使われる。


波のように海岸に打ち寄せるまで同じスピードと同じボリュームで進み、岸に到達する。
でも、波って波のすべての先端がまったく同様に同じ程度まで岸に打ちあがるわけではなくて、
岸の奥まで行くものもあれば、かなり手前までしかいかないものもあり、
その一番岸奥まで行く波の部分がもちろん(作品でも中心人物を占めることになるんだけど)
何故かというと、一番最初に生まれた波の部分で一番強く、だから一番遠くまで行く。

それぞれのキャラクターがとてもしっかりできていて、

さらにちゃんと作品の中での役割を持たされていて、

それをきっちり無駄なくこなしていく。



映画の中で握手に対する面白い台詞があります。

そう、握手ってそういうことなんだよね。実はものすごい信頼と心を許している証。

びば、ミスターシェイクハンズ。


追伸、現在、3つのProjectが水面下で動いてます。お知らせできることを祈っててください。

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2011-11-19 13:20 | 映画草子 | Comment(0) | Trackback(0)
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