Big and Small (Gross und Klein)
Big and Small Sydney Theatre Company


こんにちは。希代の晴れ男、Leoです。「屋外で何かやりたい」「この日は晴れて欲しい』そういう日には9割以上の確率で晴れます。いや、ほぼ10割といって良いかもしれません。今までの人生を思い返してみて、絶対晴れて欲しかった時に晴れなかった時は富士登山くらいのもんです。今思い返すと、富士登山は晴れなくて良かったんですよ、だからこそ試練になった。そして今がある。うん、そう。つまり晴れ男なわけです。

でもね、その力が失われつつある。今週の火曜日から始まりました【Antigone2012】の本番。



つまり、その1週間前くらいからはびっちり毎日小屋入りして稽古していたわけですが、前々回お話した通り、僕はチャリラーなわけですよ。できれば晴れがいいんです。




ずっと雨です。




もーね、ずーっと雨。



イギリスでは4月はエイプリルシャワーと呼ばれ、霧雨のような雨がよく降るいわゆる日本でいうところの梅雨のような月のですが、ここ数年まともに4月に雨が降っていなかったので、すっかり忘れてました。水不足がさけばれていたイギリスにはまさに恵みの雨なわけで、これを邪魔するほど僕は野暮でないので、今は逆に「もっと降ればよいよ」と開き直ってます。

ただ、本番前にびっとびとはちょっと嫌なんだけどね。こないだなんて、完全にびっとびとになってしまい、いつもの自分のウォームアップでも足りなかったので、最低最後の手段、ギリシアのアルコール度数の強い酒をイッキで身体を温めるなーんてこともありました。

今回のギリシア悲劇、Antigone2012は3年ほど前から参加しているGeorgeの企画、『オイディプス王関連のギリシア悲劇をロンドンオリンピックで公演したい!』の最終作品になります。



『テーバイ攻めの七将』『フェニキアの女たち』『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネー』
この5作品をオリンピックの7、8月に公演するそうです。僕はありがたいことに、『フェニキアの女たち』からの4作品すべてに参加しています。『コロノスのオイディプス』以外はすべて、テイレーシアスという盲目の予言者役です。

何回やっても、常に課題だらけで。特に演出のGeorge Eugineouは決めてかかる演出をしないタイプなので、役者に自由にやりたいことをやらせて、そこから浮かんできたものを形にする手法をとります。僕がやる『左手解放絵描き』と似た感じです。

僕は、運動も含めすべてが左利きです。でも小さい頃祖父に右を使うように強制されたので、鉛筆と箸とハサミは右で使用します。ただ、絵を描くのが好きだったので隠れて絵を描いていた結果、文字は右で書きますが、絵は左でないと描けません。なので、記号や絵を描く時には鉛筆をもちかえます。もちろん、ペン回しも左。さらには右手で書いて左手で消しゴム使えるんだな、はーっはっは。…それはさておき、とはいえ、歳とともに絵を描く機会が減り、左手の感覚が鈍らないように、『左手解放絵描き』をやってます。

それは、左手で適当にぐちゃぐちゃに何か書かせるわけです、そして、それが何かに見えたら、それを描き出す。丸aばっかり書いてたら「おー、何か犬にみえてきた」よし、犬を描き出せ。そんな感じ。

Georgeもそうです。役者に好きにやらせます。そしてそれが何かしらの形を帯びてくると方向性をつけだします。ただし、それが出るまで、毎日違う事を要求してきます。時にはすで形にみつけて、それでいこうと決めたものでも、次の稽古の時に偏差値の低い演技でその形を提示してしまうと、ボツになります。自由ですが、ある程度の偏差値を要求されるので、自分が未熟な故ボツになってしまう形もあるのがくやしいもんです。

もちろん、そんな彼のやり方に賛同できず、降板する役者もいます。文句をいっている役者もいます。まぁ、合うi合わないはあるし、他は僕にとって関係ないからいんだけど。

今もっか、言葉が課題です。どーしても台詞のはきが早くなってしまう。それは、実際に台詞のはきが早いのではなく、一つ一つの単語スピードを早くしゃべってしまう。発音に関してはかなり頑張りましたが、こんなところで日本語の影響が出てくるとは思ってませんでした。

日本語の音節は基本的には子音+母音がほとんどなので、『美しい』と言う場合、『う、つ、く、し、い』と5音節になるけれど、日本語はアクセントがはっきしていないフラットな音の言語なので、この5音節を僕ら日本人は、一つの音節のように『うつくしい』と口にします。

一方英語の場合、『Beautiful』は『Beau-ti-ful』と3音節になるのですが、これを日本人が日本語を話すように1音節のように『Beautiful』と口にしてしまうとどれだけ奇麗な発音であっても理解してもらえません。尚更、舞台ならそれが顕著。

それ以外にも今、新しい層が見えて、そこにどうやったらたどり着けるのか、今までそこにいったことはないけど、それが『ある』ということがわかったので、どうにかしてそこへたどり着けるように、四苦八苦しています。

昨日見た彼女の演技は確実にそこにいるんだろうなと感じました。

ケイト・ブランシェット

今日は映画草子の亜流、舞台草子を徒然に書き綴りたいと思います。

舞台草子、徒然と・・・。

【Big and Small (Gross und Klein)】
蜷川カンパニーで日本人にはおなじみのバービカンセンターで、ドイツの劇作家ボーソ・ストラウスの「Big and Small」をケイト・ブランシェットを主演、Benedict Andrewsを演出に迎えたSydney Theatre Companyの公演。2週間ほどの短い公演でしかも僕の本番とかぶってしまうので(えらい違いだけどね)、自分の本番前、マチネを利用してみてきました。

世間の喧噪の中で、自分でありたいが為、人から受け入れられず、不思議な空間に迷いこみその中で自分を見つめ直していくお話。シュールな物語展開をシュールな演出でまとめていました。

ケイトさん、もーね、最初に20分くらいのモノログの圧巻から始まります。僕も結構長いモノログをやったことがあるので、なんつーか、すごいなと。とても良い意味で教科書、んー、強化書じゃないな。Z会の参考書だな(受験で苦労した人はしってるはず!)Z会の参考書ですよまさに。もー難しい問題しかのってない、でもこれをクリアすると、すんごく為になるし、賢くなるの。

ラストミニッツでチケットをとったので、残念ながらすべてがちゃんと見れたわけではないですが、彼女の演技を十分に堪能させてもらいました。

嬉しい事に、僕も本番中、いろいろ試してみたいことがあります。

それにしてもほんと、見終わったとは凹みました。
なんでって、それは言いたくないのさ。

おっし、今日も本番頑張ろう!

みなさんも今週一週間それでは頑張ってくださーい。



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2012-04-22 08:52 | 映画草子 | Comment(0) | Trackback(1)
【Headhunters(邦題:ヘッドハンター)】
headhunters

どうも、こんにちは。これ2回目です。
もちろん、みなさんにとっては1回目、今週初めてのLeoからの『こんにちは。』だと思いますが。

んー、どれくらいかなぁ。…はぁ、どれくらいだったかぁ。ふぅ、結構面白く広がってたのになぁ、はぁ。結構時間かけて書いていた文章がアクシデントで消えてしまいました。普段は便利なトラックパッド、こういう時は呪いたくなります。

しかもこのブログに限っては書く時に構成を考えたり、書く内容を考えたりしていません。
書きながら広がっていく思考と妄想を取り留めつつ文章に起こしているので、書いている文章は一度きりのもんなんです。なので、せっかく書いていたお話ももうちゃんと思い出せません。


手書きのありがたさをしみじみ感じます。それに手書きをしていれば、もうちょっと書いた事が頭に残ってるんだろうからね。頭の思考速度と手書きには結構な差があるけど、タイピングと思考速度の差はかなり少ないからなぁ。


エッヘンっ。簡単にいうとこんなことを書いてました。
楽観と悲観について。ポジティブ思考とネガティブ思考を経て、アウトプット状態とインプット状態になり、正と負のスパイラルが起きるが、物理的重力のように精神にかかる負荷が、残念なことに上昇に限度を与え、無情にも下降を無限に促す。でも、人には生命としての火事場のクソ力があるので、ドンと押し上げられる。だから、どんなことが起きたとしても、それを後付けし、正当化し、真に思い込める僕は、やっぱり楽観主義者なんだと。人は基本的に楽観的だ。ただし、世の中に楽観主義者は数多くない。そして、人は悲観的にもなるが、悲観主義者は存在しない。この落下主義と悲観主義は、社会の中でのみの人の生き方を表現する時にのみ、言葉として意味をもつ。

いやー、本当にまとまった。みなさんにはなんのこっちゃでしょうが。また書けそうになったら、いつか書きます

そして、これが本作品、Headhuntersのお話に少し関わってきます。

そんなこんなで、映画草子、徒然と…。

【Headhunters】
Directed by:Morten Tyldum
Aksel Hennie as Roger Brown
Nikolaj Coster-Waldau as Clas Greve
Synnøve Macody Lund as Diana Brown


大なり小なり人が抱える不安はあり、何に対してより多くの不安を感じるかも千差万別。だからそれを解消する為の手段も、もちろん十人十色。些細なコンプレックスから始まる負のスパイラルが、もう止まらないところまで来た結果、さらにその深淵が大きく口を開ける。奈落の底に転がり落ちていきながらも、人がもつ生命力がキックバックとなり、再び戻ってきた時には、自信と興奮がアウトプット状態を招き、ポジティブ思考が根源のコンプレックスすら、解消する。チビがなんだってんだ!







ノルウェーの作品です。話の流れも、作品の雰囲気も、演出も、脚本もちゃーーーーーんとしてます。こういうちゃーーーーんとしてる作品にはなかなか出会わないので、出会うと純粋に笑みが溢れます。後は、Hollywoodがリメイク権を購入しない事だけを祈ります。


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2012-04-14 09:49 | 映画草子 | Comment(0) | Trackback(1)
【Act of Valour】
Act of Valour

ご無沙汰しています。久しぶりに1ヶ月間更新できず広告出ちった(以後気をつけます)。

さーて、いろいろ細かいところ変わりましたよ、この「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

みなまで言いませんが、一つだけいっちゃうと、カテゴリーをだいぶ変更しました。
このブログの存在意義を僕の中でしっかりと位置づけしたかったので。

おかげさまで見えてなかったものが明確になった気がします。ありがとう。

この一ヶ月忙しかったです。3月を振り返ってみると、結構オーディションにもいったし、撮影もありました。何かと芝居ごとが嬉しくも忙しい一ヶ月でした。出演したものに関しては、解禁になれば報告しますので。

ってそんな風にまとめちゃうとあんまり、無いんだよね、書くことが。
いつもはパソコンに向かうと勝手に手が動き出すように書いてるんですが、やはりちょっちブランクが空くと頭を整理するのに時間がかかってあまりちゃんと文章が書けなくなっちゃう。不思議なもんです。なので、こーいうあーでもない、こーでもない事を書いちまうんですね、ハイ。枕詞とはよくいったもんだ。僕がこういう支離滅裂な文章を書き出したら、読んでる皆さんは、「あ、こいつ、今書きながら、書く事さがしてるな」って思ってもらって十中八九正解です。

さー、どこまでこの枕文章が続いてしまうのやら。

ときに、今日本でも自転車が流行ってきていると聞きました。こちらのようにProfessional Cyclistがじゃんじゃん増えてきてると。でもイギリスって自転車は車輪がついてるから車扱いで車道を走って車と同様の信号に従うんですよね
。でも日本はどうなんだろう。高校生の時にチャリ通をしていた僕は、歩道を走るより車道の方が走りやすかったので、よく車道を走っていたので、しょっちゅうお巡りさんにおこられていました。

ん?てことは本気チャリの人たちも歩道を走るのかと。そりゃー無理でしょ。ていうか、駄目でしょ。

それに日本は坂ばっかりなのに(関東はあんまり知りませんよ)しんどいよ、シングルスピードバイク。

こっちで、シングルスピードが流行ってるのは、坂道が無いから別にギアが無くても大丈夫だったりするからなんだよね。日本でシングルスピード、考えただけでもちっとぞっとします。

かくゆう貧乏役者の私も行動のほとんどが自転車です。
Livingstonと名付けられた我が式神自転車が、どこに行くにも口寄せられます。
たぶん、一日平均25kmくらいは走ってると思いますね、うん。

ただし、本気チャリではありません。あーんなに早く走れないし、走りたくないですからね。
そうじゃないと自転車がただの移動手段とエクササイズになってしまうので。
僕にとっては冒険のようーなもんです、あっち行ったり、こっち行ったり、寄り道したりで。

で、先日、家からいつもの仕事へ約13kmほどの道のりをこぎ、その後、稽古場までさらに13kmほどの道のりをこぎ、4月17日から本番が始まる『Antigone』の稽古に疲れてさらに15kmほどの距離を家路についている最中でした。
Antigone flyer



まぁ、天気はあんまりよくなかったね。
仕事中や稽古中は雨がジャージャーふっていたのですが、でも、そこはさすが晴れ男の俺、
ちょうど俺が自転車に乗る時は雨がやんでいたわけで、ルンルン気分で帰路についたのです。


皆さん、思考は具現化するという話を聞いたことがありますか。


ウィリー•ガロン
「人が空想できる全ての出来事は起こりうる現実である」


マザー•テレサ
「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさいそれはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。」


ふとね、ちょーーーとだけね、何でなのかわかりませんが、よぎった思考がありました。




「もしザザ降りの中パンクしたら最悪やな。」




ちなみにイギリスではチャリラーとして、自分をノミネートする最低条件は<パンク修理は現場で自分で即解決>です。パンクくらい自分で直せないよーでは、チャリラーとはいえません。

むろん、ワタクスもそれは可能です、10分もかかりません。もちろん、Livingstonを口寄せしてどこへ行く時でも、リュックの中には修理キットそれに、予備のタイヤチューブが入っています。




思考は現実化する。




そうですね、家までまだ10kmは離れている、工場やらが立ち並ぶような陸の孤島のような場所で、それはおこりました。まぁ、大げさにいってもしょうがないけど、ただのパンクね。

うわぁ、マジかと。
でも慣れたもんなので、自転車を脇に停め、パンク修理を開始しました。修理と一いってもただ、チューブを入れ替えるだけです。

ちょちょいの…くらいかな、後少しで「ちょい」を言えるくらいで雨が降り出してきました。
しかし、そこは俺様、はっはっは、早いのだよ、修理はね。

雨にぬれたところで家に帰ってシャワーを浴びればすむ事。
また雨の夜の自転車も古都ロンドンでは乙だったりします。
いい気分で帰路を楽しむ俺に2度目の異変が訪れました。



そうです、さらにパンクです。



こーなると話は別。だって、バックアップチューブないからね。もう使っちゃったからね。
後は、チューブに空いたパンク穴を見つけ出し、リアルパンク修理をしないといけないわけです。
もちろん、できるよ、でもね、でもね、暗いのよ。


「みえねーじゃん。」

折りたたみでもない僕の自転車はさっすがに電車やバスに乗せる事はできません。

「しかもいっつもリアルパンク修理の時は洗面器に浸した水にチューブを入れて
穴があいてる場所を探すんだぜ、こんな陸の孤島のよーな場所でどーしろっていうのだ。」

こんなわけのわからないところに、一日自転車をおいて帰るわけには行きません。

「あぶぶぶあぶぶ、あ、め?」


そうです、大雨。うざい大雨が、晴れ男にまさか襲いかかったこの大雨が
まさかの恵みの雨なわけです。


僕は雨乞いよろしく、パンパンに空気を入れたチューブを天に掲げ
「静まりたまえ」よろしく、チューブをびっとびとにしました。



すると、ほら聞こえるではないか、荒ぶる神の声が。



「シューーーーーーーーーー」



「こっこだーーー!」


豪快に穴を押さえる俺、よし、場所は見つけたぞ。後はこの穴を塞ぐだけだ。

パンク修理をしたことがある人ならわかると思いますが、穴を防ぐシールは乾燥状態でないとくっつかないわけです。
今しがた荒ぶる神の力をかりたところで、もうびっとびとなわけですよ、チューブさん。

夏の風物詩、からっとさわやかTUBEも、もうびっとびとなわけですよ。


「え?どーすんの、どーすんの。」


と、自分の吐く白い息に気づく僕。これしかない。


腹の底からイメージするわけです。


「俺は火を吹ける。」


背後でゴゴゴゴゴゴゴゴという効果音が聞こえてきそうです。


「俺の息は火のように暖かい」


ゴゴゴゴゴゴゴゴと実際になってたんじゃないかな。



必死でチューブに息を吹きかける僕、荒ぶる神のご利益を吹き飛ばそうとする俺。

そして乾いたであろう瞬間にシールをはり、細かく確認する必要もないと悟った(もし駄目だったら手のうちようがないので、逃げた)俺は一瞬でチューブをタイヤにはめ込み、家路へと向かったのである。もちろん、残り5分くらいのところで、徐々に抜けてしまった空気は完全に抜けきったのだが、この今までのチャリ人生でアンラッキーな一日を切り抜けたのである。

そうです、思考は具現化する。
おそらく僕はそこらへんのロトが倒した竜王に負けないくらいの火を吹いていたんじゃないかと思います。


そんなこんなで、、、、、映画草子、徒然と。


【Act of Valour(アクト•オブ•ヴァラー)】

Directed by:Mike McCoy/Scott Waugh
Starring:Roselyn Sánchez/Nestor Serrano/Emilio Rivera/U.S. Navy SEALs/U.S. Navy Special Warfare Combatant Crewmen


<CIAが拉致されそれを救出に向かうアメリカ軍Navy SEALs、しかしその裏には世界を脅かすテロリストの動向が見え隠れしていたのだ>的よくあるお話。この際、この作品がバックグラウンドに持つ、アメリカ的吐き気をもよおす煽動は抜きにして話をさせてもらいます。

この⬆のキャストを見てもらったらわかると思うですが、実際のNavy SEALsが出演しているのです。ていうか、SEALsの隊員は名前もあきらかにされていない、現役の軍人です。

今までの戦闘モノ映画で、ここまで緊迫したシーンや、一人一人が醸し出す緊張感に震えた事はないです。最初のCIA救出シーンなんて、気がつけば口がからっからになっていたくらい。

やっぱり、役者はどこまでいっても本物が生み出す緊張感には勝てないですね。もちろん、役者さんではないので、戦闘シーン以外は残念な部分は多々。でもそれを多めにみても問題ないくらいです。見終わったと、十中八九観客がもらす感想、それがまさに監督が予想しているものでしょう。





やはり、このようなアイデアをベースで作られた映画を見ると
骨の髄から監督のものなんだということを実感する。

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2012-04-06 20:33 | 映画草子 | Comment(0) | Trackback(0)
TYRANNOSAUR
Tyrannosaur

最近は週一のペースで書けてます。

今日は、あえて映画草子だけを徒然と・・・。(必見です)

【Tyrannosaur(邦題:ティラノソー)】

衝撃的なシーンから始まる物語。妻を亡くし、仕事も無く、飲みにあけくれ、突発的な暴力衝動に襲われる男。
キリスト教徒でチャリティーショップを運営しながらも、家庭に問題を持ち、生の理不尽さを受け入れることが出来ない信心深い女。

メディアに取り上げられるような社会、地域が孕む問題を一つの作品の中に凝縮させ
そして、リアルにそれを反映している作品。これは誇張のようで誇張はなく、嘘のようで、本当の出来事。

監督・脚本:Paddy Considine
キャスト:Peter Mullan/ Olivia Colman/ Eddie Marsan/ Paul Popplewell/ Ned Dennehy/ Sally Carman


どんな人間にも確実に潜む凶暴性

短かろうが、長かろうが、どれだけ沈黙を保っていた火山ですら
活火山である以上、噴火する可能性があるように、

知らず知らずに日々感じているストレスが
知らず知らずのうちに個々の容量を超えた瞬間
人も暴発する。

どんな些細な日常での出来事も、人の奥底に眠る凶暴性を
抉り出す可能性を持っている。

ただし、凶暴性と暴力を持っている人間だからこそ、
穏和に人を愛することができるのだと思う。

どちらか一方のみが存在するなんてことはありえない。

問題はその存在を認めることができるか、
そして共存することができるのか。

ティラノサウルスとは『暴君のように凶暴な爬虫類』という意味である。

爬虫類は陸上で初めて生活を始めた原始の生き物。
その中でも暴君の名を与えられたティラノサウルス。

6500万年前に絶滅したと思われていたと思われていたティラノサウルスは
人の心の中に姿を変えて存在しています。

地球上に約2億年間存在した恐竜、まだ600万年程度しか存在していない人類
食べるために日々、生命活動を行っていたしていた彼らと、
ゆき届きすぎた社会福祉によって労働(生命活動)をせずとも食べることができる我々。

果たして、生命体として暴君なのはいったいどちらなのか。

人は食べるためだけに、労働が必要なわけではないだろう?

人が人であるために、労働が必要なんだろう?


労働をせず生きる人間が果たして生きているとは言えるのだろうか。


ゴッホが「種をまく人」のように労働をする人、風景をたくさん描いたのには理由がある。
こういう言葉を残している


「労働とは人間にとって神の契約を果たす為の崇高な作業であり、真の神とは、教会の中に存在するのではなく、人々の労働の中にこそ、存在する。」


人は寄り添い生き合っている。

人に頼り、頼られ、
人や何かに責任を与え、責任を持ち
(責任とは愛という大きな言葉から零れ落ちた欠片)

空間とその空気を共有しながら生きている。



冒頭で、男がキリスト教の祈りを聞き、涙を流すシーンがある。
キリスト教のなんたるやは、いろいろなところで語られている。


「俺は形ばかり切支丹になったと思うてきた。今でも、その気持ちは変わらぬ。だが、御政道の何かを知ってから、時折、あの男のことを考える。

なぜ、あの国々ではどの家にもあの男のあわれな像がおかれているのか分かった気がする。

人間は心のどこかに生涯共にいてくれるもの、裏切らぬもの、離れぬもの-たとえ痛みほうけた犬でもいい-求める願いがあるのだな。

あの男は人間にとってそのようなあわれな犬になってくれたのだ。」
 遠藤周作『侍』


宗教とは言うものの、キリスト教徒でなくとも、環境がそうであれば、

祈りの言葉は母親の子守唄や、寝床に入ったふとんの上から撫でてもらうような
そんな暖かなぬくもりを与えるものなんだろう。


信仰とは関わり無く、もっと人の奥底をさするような。

そして、爆発しそうな凝縮された暴力というエキスを薄く溶かし、蒸発させるような。



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2012-03-05 19:36 | 映画草子 | Comment(0) | Trackback(0)
THE ARTIST
The Artist

どーもこんにちは(イギリス時間)。

今回は前回から空いた間隔も短く更新してます。映画を観ると、あー、書かないとって思うんで。
それにあまり映画をたくさん観て、書かずにためておくと、もう書きたいことが何だったかわからなくなってしまうんですよね。

もう、春が遠慮しがちに近づいてきたイギリスの終冬、暖かくなってきました。
アーモンドの花も少しずつ咲いてきたりして、家の天窓から覗く裸の並木にもちらほら野生のインコで騒がしくなりつつあります。木の実を食べに来てるんだよね。

かくゆう僕も気が付けばもう2月が終わりそうで、3月に入ると少しずつまたスイッチをオンにしていかないと行けないんですが、やっぱり3月は去る月というか、多いです送別会が。来月だけで3件の送別会が決まってます。


出会いあれば、別れあり、とは言ってももうこのご時世、
別れにあまり深い意味がなくなってきてますもんね。

あー、小・中学校の時、仲の良い友達が転校していく時は、本当に寂しかったな。
そして、年に1回くらい親が段取りしてくれて会いに行ったり、大人になってから再会できたりした時は本当に嬉しかったな。

そーいう感覚はどう還元されてくんだろうな。


来月は去年公演したOedipus the king(オイディプス王)の役者たちと一年ぶりに集います。
これまた楽しみだ。芝居を見に行ったり、身に来たりで、何人かとは会ってましたが、みんなでそろうのはちょうど1年前の打ち上げぶりです。


さてさて、やってしまわないといけないこともあるんだけど、できるだーけ今月はリラックスしようということで、結構遊びにいってます。金曜日には年に2回開かれるHyper Japanという日本のポップカルチャーを紹介しようというイベントに行ってきました。仲の良い友達、2人を引き連れて。


すごい本格的なイベントでたくさんのストールに色んな催しが。
たくさんのコスプレさんたちが。


きゃつらも楽しそうです。
色々聞いてきます、ここぞとばかりに。


『飲食』は問題ないんだね、やつらも好きだし。簡単に説明できます。


『ゲーム』もこれまた万国共通だよね。楽しい会話になります。


『マンガ・アニメ』・・・・これが難しい。いやーね、ドラゴンボールとか聖闘士星矢とか乱馬とかはいいの、簡単なの。でも今のアキバ系というか、萌え系というか、そーいうのを説明するのがとてーも、とてーも難しくて。


でもやってやるぜ、受けて立ってやるぜ、ビバ日本アニメ、
説明しきってみせるぜ、ビバジャパニメーション!



きゃつら「あのさー、何でほとんどのキャラクターこんなに目がデカイの。」


わたくす「目がデカかったら愛着わくやん。ほら、あれ、子供の動物とかさー、でかいやん。」


きゃつら「・・・へー。」


きゃつら「じゃーさ、このマウスパッドとか、だきまくらとか、人形とか、こんなんが子供ショップで売ってるの?」


わたくす「いや、これは子供用チャウよ(変なイントネーション)。」


きゃつら「じゃー誰が買うの?」


わたくす「大人」


きゃつら「大人・・・がこれで何するの?着せ替え?」


わたくす「それは本人の自由でしょ・・・・・」


きゃつら「規律正しい日本文化の抑圧されたはけ口か・・・」


わたくす「あんねー、これは別にMajorityじゃないんだよ、Minorityだよどちらかといえば。」


きゃつら「・・・」

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

敗北



わたくす(汗)「まー、いいじゃんよー、わかんねーよ、俺。でもこれ面白いんだぜー、マジで。」



そう言った僕が手に取ったDVDは攻殻機動隊。


きゃつら「ん?」


表紙には驚異的な露出度トップとハイレグぶりぶりの少佐。


きゃつら「・・・・・」


わたくす「ちっがーうんだよ、Ghost in the shell!知ってるでしょ、有名でしょ?それのテレビ版なんだよ。」


きゃつら「・・・・」


わたくす「(心の声:目えええええええええ、その目えぇぇぇぇぇぇぇ!ビームを出すな)」


きゃつら「・・・・」


わたくす「(心の声:だから、その俺の鎧や補助力をすべてはぎとるような、いてつく波動を目から出すな」


わたくす「(心の声:素子ぉぉぉぉぉ!(バトーさん風)」



大好きなんだよ、攻殻機動隊。でもさ、少佐・・・・・めっさハイレグじゃないっすか、プリンプリンじゃないっすか。
何でなんだろうなー、んー、プリンプリンじゃない少佐。。。何か違うなぁ。でも、もうDVDの表紙がちゃっかり観るとそこいらへんのあっち系のやつとかわんないくらいプリンプリンなんだよ、プリンプリン少佐。

ってこのブログ書きながら新しく考えることが増えました。「ナゼ・・・ナゼ。」
勉強不足の僕が喫した敗北。敗北から学ぶのさ、人ってのは。


人生は自問自答、戸惑い、そして成長のくりかえしなのさ。


「俺もう負けねぇから、文句あるか、プリンプリン准将!」


その後は、もう、2時間くらい3人でSoul Cariverやりまくり(ストIIのような格闘ゲーム)。
でもね、もうゲーマーの俺からすると、しょぼいわけですよ、しょせんイギリス人とイタリア人のゲーム力なんて。

わかりやすくいうと、ナッパVSゴクウ以外のZ戦士たちみたいなもん。

もち、俺がナッパで小童どもがZ戦士たち。

あ、今<せんし>を変換しようとしたら<戦死>が出てきた。

いやー、そうね、まさに奴ら即戦死ですよ、俺と戦うと。20勝1敗くらいの戦績だったかな。まぁ、時々、魔閃光みたいな良い技撃ってきたりしますけどね。


でもね、いたんですよ、僕らの真後ろに<笑う刺客>が。


ずーーーーーーーっとわらってんの、青年が。
僕らの戦いをみて。


もー、僕ら3人はいつこいつが参戦してくるのかドッキドキしながら見ていたわけですが、ずーっとニマっとして、そのまま何もしないの、その笑いは完全フリーザ様のそれ。

ナッパもZ戦士もそりゃー、フリーザ様のそれにはガクブルなわけですが、ずーっとそれ。あまりにガックブルがひどくなった僕らはそれをもったフリーザ様がちょっと席をお外しになられた際にすっとその場をさりました。うん、その後誰かがゲームをやってる後ろでまたフリーザ様は例のそれで、おニンマリされてあそばされました。


ひっさびさにゲームをやると、もう止まらないんすよね、来月、海賊無双が出るんでしょ?ワンピースと無双シリーズの子ラボ。デモ見ましたよ、たまんないよね、あれ。ほっすぃー、物入り名この時期なのに、PS3の購入をもくろんでます。


でもちゃーんと気をつけないとずーっとやっちゃうからねゲーム。

ゲームでも、インターネットでも、テレビでも、あまりにも気軽なエンターテイメントで特に、頭空っぽでみれちゃうよーな、いわゆる<ちゃんと始まってちゃんと終わる>物語がある作品以外は、ホントにただのエンターテイメントで、気が付けば時間だけ過ぎてて、何やってたんだってことになる。

そして、頭使って観たりする作品や労力を使うよーな趣味に対して、面倒くささが生まれてしまう。


ネットサーフィンなんかは、気が付けば無駄に時間が経ってて、
「あー何やってんだ」って思ったことあるはずです。

することがないから、ぼーっとネット。
Evil、イーブルです、いーぶる。


何も解決しないし、何も生み出さないし、タバコより身体に悪いんじゃないかって思います。
溶けちゃうよ、脳みそ。あー。なんて危険なんだ。

みなさんも気をつけましょう。♪頭空っぽの方が夢つめこめる♪・・・はずなのに。
気をつけないとホント、バカになっちゃうから。



観てごらん、The Artist。

大事なものをたくさん思い出せます。

バカになっちゃ絶対駄目だって思わせてくれます。


それでは映画草子、徒然と・・・。

【The Artist(邦題:アーティスト)】
監督/脚本:ミシェル・アザナヴィシウス
キャスト:ジャン・デュジャルダン/ベレニス・ベジョ - ペピィ・ミラー



白黒・サイレントであることにはこんなに意味があるってことを知らなかった僕の未熟さを痛感しました。


起承転結のはっきりした使い古されたストーリーラインなのに、
サイレントだからこそ画面に映し出される字幕一つ一つがとても重要な意味をなし、
シーン一つ一つに想像力が欠きたてられることで、観客が同じレベルで物語りについてくる。

台詞までもが視覚で入ってくること、

視覚と想像力がここまで実はリンクしていること、

視覚と想像力で生み出された世界に外部からの音がいかに邪魔をするかということ
(もちろん頭の中の想像の世界では自分の音があるんだろうけど)。

単純に一つ“覚”が欠落しているわけだから、その分、色んな工夫をしている。
それは、創る方も、観客も。


たとえば、盲目の人の中にはエコロケーションという能力で自分の位置を把握することができる人がいる。

舌で音を出し、物にあたり反響した音を耳で拾い、現在地を把握する能力。
すごい人はこれで、山で文字通りマウンテンバイクを運転できるほど。


五感:視覚、触覚、聴覚、嗅覚、味覚のうち、映画を見る感覚は基本的には2つ:視覚、聴覚。


このうちの一つを奪われてしまうことで、視覚が貪欲になり、洗練される。
たったの2時間弱でもそれは感じるはず。
いろんなエンターテイメントに蹂躙されている今の僕らこそ、如実にそれがわかると思います。


色気の無い筋肉質な投げキッス

自分の手を、ハンガーにかけられたジャケットに通し
あたかも抱きかかえられているかのように振舞うシーン

これは、モノクロサイレントだからこそ、綺麗んだよな、あー、綺麗んだよな。


古い時代と新しい時代。
古い手段と新しい手段。


新しいものがうまれるからこそ、あるものが古くなる。
しかし、新しいものが良く、古いものが悪いと誰がいったのか。
新しいものもいずれ古くなるんだし。


2D映画と3D映画
実際の役者の演技とモーションキャプチャーされた役者の演技


色んなところにいろんな新しいものと古いものが見え隠れする時代に
モノの存在意義とは、必要だから“ある”わけで、“ある“から使うわけではないこと。

とはいったもののそんなことを言ってしまえば、最低限の衣食住以外には何もいるはずはない。

現代の消費社会でモノの存在意義は“ある”ことにより、限られた自分の時間をいかに
有意義に、豊かに過ごすことができるか。

モノさんの立場からすると、必要十分から、不必要十分に蔵上がったわけで、
彼らの生存競争も難しくなっているわけです、可愛そうに。

モノが無くても大丈夫で、モノが在れば便利なこの世界で
自分の大切なモノを見つけることはとても大事なことなのでしょう。


ちょうど移行しつつある3D映画に

氾濫するエンターテイメントに

人の感覚に

何より人の想像力に

なんて贅沢で素晴らしい”視覚”だったことでしょう。
世論が認める傑作と素直に揃える足並みも心地良いんだよなぁ。



「時の歩みは三重である。未来はためらいつつ近づき、現在は矢のように早く飛び去り、過去は永久に静かに立っている。」 シラー

「どうしても言いたいことがある。自由が欲しい時は、他人に頼んじゃいけないんだよ。君が自由だと思えばもう君は自由なんだ。リチャード、このことのどこが一体難しいんだい?でも聴衆は耳をかそうとしない。ほとんど全員がそんなこと信じられないって言う。自動車レースや、象の逆立ちを見たいのと同じなんだ。欲求不満と無関心、これだ。みんなこの二つしか持っていない。」
リチャード・パック『イリュージョン』

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2012-02-26 09:52 | 映画草子 | Comment(0) | Trackback(0)
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