草の先端を風が撫でている。そっと 優しく。
草原に風が吹いている。すぐそばには湖がある。
僕の裸足の足裏がこそばい。
草原に風が吹いている。すぐそばには湖がある。
僕の足元に違和感を感じる。
足裏がこそばいし、土を草を踏みしめている感覚がまったくない。
そこに立っているはずなのに、何故か足が浮いている・・・ようだ。
若干、地面から浮いている。本当に若干だけど、ちゃんと両足で大地を捉えられていない。
草原のそばの湖。
湖面に映る男の顔は理由もないのに険しい。
それも一時のものでなく、男自身、それに気づくのもかろうじて・・・というくらい
男の顔に険しい表情が馴染んでいる。
「あのリンゴ・・・あの木になってるリンゴをとりたいんだよな。」
つぶやく言葉は帰る場所を知らず、ただ、こだまする。
男はリンゴを取ろうと一生懸命飛び上がっているのだけれど
いっこうに届く気配がない。
「あのリンゴ・・・」
「とにかく何とかしなきゃ。」
「あの木の枝をとって、木の枝でつついてみるか。足元に転がっている石を投げてみるか。
ん、違う。あっ、この木登れるんじゃないかな。」
「・・・」
「ダメだ。・・・とにかくなんとかしなきゃ。」
「うわぁ・・・」
「あのリンゴいいなぁ。」
「あのリンゴ欲しいなぁ。」
気がつけば、男のそばに少年がいる。
それはとてもとても見覚えのある面影。
<この子も欲しいのか。>
「ねぇ、僕?この石を投げてみたらいいんじゃないか。木の棒でつつくのはどうだい?あ、君なら簡単に木に登れるんじゃないか。」
少年は男の声にまったく気づいていないのか、聞こえていないのか
辺りの草むらをフラフラ歩いてみたり
時折、しゃがみこんで土いじりをしてみたり、いきなり大の字になって寝転がってみたり
何やらとても楽しそうに、ゴソゴソしている。
「君はリンゴが欲しいんじゃないのか」
少年は男の声にまったく反応しない。
男は少年にに多少不快感を抱きつつも、懐かしい気持ちを感じずにはいれなかった。
でも、目的であるリンゴをとることに時間を割きたかったので、しばらくの間、少年を無視することにした。
足元の石を拾い、リンゴに向かって投げてみる。
たまに当りはするものの、リンゴを落とすには至らない。
木の棒を拾い、リンゴに手を伸ばすも届きそうで届かない。
多少届きはするものの、リンゴを落とすには至らない。
「クソっ。」
「どうしたらいいんだよ。」
「・・・登るしか・・・ないか。」
仕方なしに男は木に登ってみようとするものの・・・すぐに気がついた。まったく踏ん張れない。
足に力が入らない。それに手だけで木を登るには限界がある。
「何なんだ、これ。くそっ、登れないじゃないか!?」
「お兄ちゃん」
木に登ろうとしている男の横で、何やら不思議そうな面持ちで少年は男を眺めている。
「お兄ちゃん・・・リンゴ本当に欲しいの?」
「?当たり前じゃないか、だからこんなに頑張ってるんだよ。」
「ふ~ん。そうなんだ。いらないのかと思った。」
「どうしてだい?」
「だって、楽しくなさそうなんだもん。あのリンゴ欲しいのに、何でそんなに楽しくなさそうなの?」
「それは・・・。」
「・・・」
「・・・。」
「ねっ」
「・・・そうだな。」
「なんだ、ちゃんと気づいてるんじゃないか。」
その声と共に少年の姿はもうそこにはない。
草原に風が吹いている。すぐそばには湖がある。
湖面に映る男の顔には穏やかさが戻っている。
「さーてと。・・・うん。登り甲斐のありそうな木じゃないか。」
「何だ、この木、よく見ると人の顔みたいじゃねーか。それもくしゃおじさんみたいな顔」
「はっはっはっはっは。いいねぇ。」
草原には風が吹いている。
折れ曲がった草の根元を風が撫でている。そっと 優しく。
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