Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

Spirited Away

映画草子、、、徒然と。

昨日久しぶりに『千と千尋の神隠し』を見た。
sprited away



僕は【人称代名詞】が好きではない。


「僕の妻(嫁)の背中に昨日羽がはえて・・・。。」
「私の彼氏なんて額に三つ目の眼が・・・・。」
「俺の、こないだ3km離れた犯人狙撃し・・・・。」
「○○さんの旦那さんはあれですか?ポリゴンで・・・?」
「お前の彼女、納豆とおくらが、、、、。」



<日本では姓名>
つまり自分の名前(First name)よりも家族の名前(Family name)が大切だから先。
<英語圏では名姓>
つまり家族の名前・苗字(Surname)よりも自分の名前(Forename)が大切だから先。

・・・。
でも、英語は人称代名詞を使いまくる。横に本人が居たとしても、代名詞を使う。SheとかHeとかね。
でも、日本語はそこまで代名詞って使いまくるわけではない。横に本人が居たときに、彼とか彼女とか(ビジネスの場みたいでしょ。そんなの)。


まぁ、それでも多くの人が人称代名詞を使うよね。
もちろん、僕も代名詞以外を使えない場合は使うけれど、基本的には使わない。使うのも使われるのもあんまり好きくない。



名前は大切だ。
名前は他人が呼んでくれない限り、名前としての機能を果たさない。
他人と自分を識別する為に最も秀でた手段
(Monsterっていう漫画で『誰もあなたの名前を知らなければ、あなたがその名前を持っていても、その名前が本当にあなたのものなのか。意味をなすのか・・・』なーんてのもあるくらいね。)


名前は大切だ。
名のあるものには愛着が湧く。
【言霊】という言葉もあるくらい。名のあるものに生は宿る。
僕はモノにも名前をつけたりする。もちろん名前をつけて以降は代名詞を使わない。
(例:僕のジッポ、その名もリトルフット。だから僕は自分のジッポをジッポと呼ばすリトルフットと呼ぶ。)

さてと。

ジブリ作品には物語の中で、名前に触れることが結構多くない?
【どこぞの名のある主】【真(まこと)の名】・・・あれ、ん?あ?あんまし思い出せない。最近・・・・記憶が。。。

昔々の日本、出世するたびに名前が変わる時代があったし、皆に平等に名前が与えられる時代があった。当時の人たちは嬉しかったろうね。<名前>があること。


ハク「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ハク「湯婆婆は相手の名前を奪うんだ。名前を奪われたものは支配されてしまう。僕はもう思い出せない。千尋は普段、千でいて、千尋という名前は自分で大切に覚えておくんだよ。」


銭婆「・・・・・・・・・・・・・・・」
銭婆「千尋・・・良い名だね。名前は大事にね。」


『千と千尋の神隠し』
素敵だ。
台詞の一言、一言に僕らが忘れてしまっているような何かが含まれている。
それを当たり前のように、生きている言葉のように使う。

決して派手な冒険モノでもない。勇者が出てくるわけでもない。特別可愛いキャラクターが出るわけでもない。
言葉一つ一つ、キャラクターの動き一つ一つに創り手の丁寧な意図と遊び心が含まれている。

元気で楽しく、やりたいよーに作ってるんだろうな。
でないと、こんなに、こんなに、老若男女を惹き寄せない。


ちなみに
僕は【人称代名詞】が好きではない。

「名前あんねんから、名前で呼んだらええやん。面倒くさがることでもなし。」



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