Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

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音楽と創造性

one another each other

先週末の飲み会、いつものことながら討論が発生(良い意味でね。)
【テーマは音楽】

一人の友達A、彼は基本的にPOPを認めない。
一人の友達B、彼はゲイ、基本的にPOPを愛してる。
ワタクシ、僕、僕は良いものはいい。基本的にジャンルは関係ない(そら好きなジャンルはある)

POP、色んな国それぞれに<ぽっぷ・みゅーじっく>は存在する。例えばJ-POPしかり。
日本のPOPは広く、色んな層の人たちに受け入れられている。

イギリス
(ってかイギリスおよび、英語圏諸国になるのかな、、、イギリスしか知らないけれど・・・。)
イギリスでPOPを聴く層は基本的に、いわゆるティーンエイジャーかゲイの人だけだそうだ。
B曰く、この2層(特にゲイ)がPOPを支えてると(マドンナ、カイリーなどなど)。確かにそれはわかる気がする。


さーて、上記を踏まえた上で渦中へようこそ。
(極端な書き方になるかもしれないけれど、基本は全否定でないこと、それに僕の記憶を探って書いてるので、もしかすると間違えた解釈もしてしまってるかも、英語難しいもん・・をご了承くださいな。)

A: 音楽はアートである。ほとんどのPop Musicianは作詞作曲を自身でしていない。そこにアートはないと思う。
極端な話、誰が歌ってもかまわない。大切なのは商業。Pop Musicはマーケティングから生み出された音楽だから。
マーケティング音楽に、商業に、アートは順じない。よーするに僕には何も響かない。何も伝わってこない。


B: Pop Musicそのものがアートというわけではなく、描かれた歌詞、生み出されたメロディー、歌い手、すべてをひっくるめてICONと化しているPop Queenたちの音楽はいい。
別に音楽がアートである必要性はない。それに伝わる伝わらないでなく、身体が踊りだすような音楽、Catchyな音楽に惹かれる。


: いわゆるArtyなジャンルに分けられる分野の中で、さらに商業とアートに分けられる。芝居の中にも、小演劇(Fringe)あり、商業演劇(West End)あり
音楽にも商業音楽や、アート的な音楽がある。すべてを一括することはできないし、する必要もない。確かに、Pop Musicianは基本的に作詞作曲はしない(J-Popの話は後で。)
そういう創造性はない、ただ歌い手、Performerとしては尊敬に値するけど、それが僕が好きか嫌いには関係ない。(どちらかといえば、聞かないけどね)



まぁ、もちろん、この討論、オチはない。
酔っ払って、話疲れるまで続くだけである。
多数派・少数派はあれども、どれが正しいもないと思う。
結局は、自分の観点のオハナシだから。
でーも、そんな色んな意見を聞くのは楽しい。

最後に、洋楽のPop Musicと邦楽のポップミュージック
文化的にも
社会の位置づけ的にも
そこに含まれた創り手の意図も全然違う。

似ているのはリズムだけで中身は全然違う。
そこに込められたものが全然違う。どちらがいいかはさて置いといて。
J-Popは日本が独自に輸入したPop Musicを
ポップミュージックとして成長させ、日本で根付かせたものだもんね。

sore zore

みんなはどうだろう?ひとそれぞれ、音楽に対する思いいれはあるよね?


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- 2 Comments

関敬  

歌声ってのはひとつのartだと僕は思うけどな。

2007/08/20 (Mon) 13:58 | EDIT | REPLY |   

gencoo  

>関敬
僕もそう思う。

2007/08/20 (Mon) 14:01 | EDIT | REPLY |   

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