Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

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東京・大阪間は、ほとんどが静岡だ(体感)その③

お祭りごと。


僕は宴が大好きだ。お祭り事が大好きだ。騒がしいところが結構好きだ。(人ごみとかそういうことじゃなくて)
たとえそこに自分が知ってる人がいなかったとしても、その空間に流れる空気にはエネルギーが満ちている。
無味無臭なその空気、曇りなき眼で見定めれば浮かび上がってくるかもしれない文字・・・それは【楽しい】の2文字。


そう、そんな【楽しい空気】を吸えば、肺に、横隔膜に、血中に、脳内に、全身に【楽しさ】が広がっていく。

例えば、美術館に行く、【アートな空気】。芝居を見に行く、【希望の空気】。最愛の人と過ごす、【愛の空気】などなど。


あっ、話がそれた。とにかく、そんな【おいしい空気】たちを吸うのが大好きなワタクシは、かろうじて山中越えを青春三枚刈り的な角度で、斬込んで乗り越えて(わからない人ごめんなさい)、それから数時間かけて彦根の友達の元に到着していた。


ただ、その友達N君の元といっても、家ではなく、当時彼が通っていた滋賀県立大学の院の研究室だった。(院生ばっかり、周りのみんなは賢いのよ。)

どういう理由は思い出せないが、N君たち院生同士でちょうど、宴が催されていたのだ。僕も突然その宴に呼ばれた。


さすがに宴が好きな僕とはいえ、命の向こう側を見た数時間前、長時間のクローディアとの旅で多少疲れが出ていた。
それを察したのかN君
「大丈夫やって、ちょっとだけ顔出したら家帰るからさ。」
「おう、悪いな。」


・・・

<数時間後>



見知らぬ人たちと見知らぬ研究室でドンちゃん騒ぎ


僕はシャコジが嫌いなので、「遠慮せずに○○して~」とか言われると数回それを確認した後、基本的に一切遠慮はしなくなる。
言葉は重要だ。コミュニケーションをとる一つの手段でしかないが、だからこそ、難しいし、使う努力をしないと行けない。
【言う】ことは簡単だが、【言う】ことに伴う責任は、行動に勝る場合すらある。

まぁ、いいや。


だから遠慮せずに、どんちゃん、どんちゃん。
気が付けば研究室のソファで太陽の光に目覚めさせられることになった。

「え?マジで?」

「おー、起きたかー。」とN君。

「え?俺、爆睡?」

「おう。めっさ、おもろかったけどな。」

「何時?」

「9時かな。」

「マジで?ヤバイ、ヤバイ。もう出なあかんわ。今日中に静岡にはついとかなあかんからなぁ。しかもクローディアを3時間に一回は休ませないとあかんし。」
そんなことを言いながら、N君とコンビニまで一緒に行きがてら会話は続いた。


「お前のその行き方より、何かちょっと山越えて名古屋に抜けてから行く道の方が早いと思うぞ。」


「え?山?」
僕は例の峠を思い出していた。

「あぁ、大丈夫、トンネル抜けるから、山越えとちゃうで。」

「あぁ、ならいいね。・・・ってかどうやっていくん?道教えて。」

「おう、地図は?」

「ない。」

え?

「ない。だって、見せたやん、行き方。」

「それは見たけど、地図を持ってての話やと思ってたわ。」

「ちゃうちゃう。ないよ。・・・・これはさすがに買った方がええわな。」

「・・・せやな。」


そんなこんなでとうとう僕は地図を買う羽目に。


別に地図を買いたくなかったわけではないけれど、ちょっと自由が奪われる気がして。気まま気ままが失われる気がして。
まぁ、でも今日中に静岡には到達しないといけないし、東京にたどりつかないといけない。何より僕は方向音痴だから。


僕らは高校生の買い食いのようにコンビニの前で朝飯を食い、他愛もない話で盛り上がった。
快晴の空の下で。


騒がしい都会の居酒屋で酒を酌み交わしながら、語り合うことが多くなる20代。
たまには酒なしで、朝陽の下、おにぎりとお茶で、語り合うのもいい。そんなときにしか話さない事もたくさんある。




僕はN君に別れを告げ、山越え→名古屋→静岡に向かって出発した。
西日本道路地図をポケットに差し込んで。



つづく。

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