Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

モノの価値

価値・・・


昨日も再びSt BarnabasにPortico Quartetを聴きにいってきた。
ほとんどの曲はCDで持っていたんだけど、ニューリリースされるCDを買った(新しい曲は1あるかないか。)
みんなには「えー、ほとんど持ってるんだろぃ?」って言われる。

でも、こういうことは僕にとっては大事なのだ。
ものっそいファンだから買う、単純にそういうわけではない。

最近危ういと感じる事
モノの価値

こないだも価値の話をしたような気がするけど
またまた危ういと感じる事


モノの価値


例えば

レコードは面倒くさいし、CDで聴けばいい(カセットテープは音質が落ちるものね)

でもね
レコードは高音と低音に弱いけど、中音にはめっぽう強い
CDは高音と低音にめっぽう強いけど、中音には弱い

だから当時レコードしかなかった時代の音はレコードで聴く方がいい。
いわゆる一流のアーティストはそこまで(中音を)意識して作っていたから。


そんなような感じ?で、受け側(客側?)もちゃんと意識が必要なんじゃないかと。


例えば
音楽は電子媒体で聴けばいい。
映画は映像媒体で観ればいい。
舞台も映像媒体で観ればいい。



僕は、「そんなことない」と、声を大にしていいたいのだ。


音楽はもちろんライブで聴くようにできているわけだし、楽器の奏でる生音ってのはそーいう風にできてる(電子音系は別かな)
映画、映画ももちろん映画館で観てもらうことを意識して作ってる。ホームシアターなんていうけど、音響だけが映画館の設備じゃない。
舞台なんてもちろん生でないと、本来の半分もわからない。映像で観てしまうと総合芸術でなくなってしまう気もしてしまう。


そうなのよね、便利さってのはダメな部分もたくさんある。
お手軽さに潜むモノの価値の汚染
これはほんとーに危険なんだと


何でもタダが一番ってわけでないよね、ホントに。
一番簡単な手段として、受け手(客?)ができるモノに対する敬意ってのはお金を払うこと。
もちろんそれが一番大切なことではなくて、他にも敬意を払う手段はあるんだけど
でも、明確な手段のうちの一つだよね。

もちろん貧乏レベルによってはまったく不可能な場合もあるかもしれないけれど
そういう時は他にもある手段で敬意を払えばいいと想うし。


ものっそい貧乏な時でも、僕はできるだけそれを失わないよーに頑張ってたのだ。

何と言うか、そういうことに携わりたい、携わっている人間としてのプライドというか。

でも、高い低いとかそういうプライドではなくて、大切にしておきたいプライド。


ただ、そういう受け手が多くなれば多くなるほど、生み出されるモノも
もっと良くなることは確かだから。。。

だからちょっとだけ、声を大にして言ってみた、のだった。

ちゃんちゃん。

2 Comments

kat*  

同感!^^

2007/11/01 (Thu) 03:46 | EDIT | REPLY |   

gencoo  

>*kat*
大事!!

2007/11/01 (Thu) 15:28 | EDIT | REPLY |   

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