Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

ひさびさのまったり。

long and widing road

ぐってりした土日
何をしたかってーと、ゴロゴロしながら本を読んだだけ。

まったりした土日
何をしたかってーと、食って寝て食って寝てしただけ。

だらだらした土日
パソコンも立ち上げず、ボーっと脱力状態。

ここのところ平日もなんだかんだあって
土日はベラボウに忙しくしていたような気がするので
そうやって身体を労わることも大切かなと。

身体を労う僕。
自分には優しい僕。

普段はかなり頭で身体を支配しているもんだから
(頭より先に行動派なので、ちょっと考えるとよく湯気がでてます。
ねっ?近くにいる人、僕出てるでしょ?湯気?)


そのうち、身体の方が

「マジで切れるで、ホンマに、ちょっとくらい俺のやりたいようにさせろや、あん!?
痛ますぞ、どっか痛くするぞ、ええんか!?どっかに不具合だすぞ、ええんか!?
後で痛い目見るぞ、こらぁ。」


って言ってくるんだろうね。


それはたまらないから
こうやってたまには、身体に頭も支配させたげる。


身体と頭のバランスをとるのも大変なのだ。
まぁ、そういうことを考えるのも頭なんだけどね。


でも、その時は別に、「よしっ、身体の自由にさせてやるか!」とはまったく考えてないから
<身体に支配させている>ってことでヨシとしよう。頭はのけものということで。


そうしないと頭と身体の間に挟まれいてる心は中間管理職のジレンマで
禿げてきちゃうよ。ビールぶとりしちゃうよ。体臭が臭いとか言われちゃうよ。
注)決して、中間管理職バカにしているわけではありません。それくらい大変だと言いたいだけ。



心は心の臓らへんにある、人は言う
心は人と人の間にある、人は言う
心なんてどこにも存在しない、人は言う



心って一言にいったとしても、その時々で、その【心】の真に意味する事柄は違うから
色んなところにあるんだろうね。どれも正しいんだと。


ただ、それがどこにあったとしても、ちゃんとその時々にどこにあるかわかっている人の心は
少なくとも疲れてはいないんだろうね。


久々にこんな時間にブログ書いてみました。そんな今日この頃。
さぁ、今年の目標に向けて台本書かないとなぁ。
まだまだ先の話だけれど今のうちに準備しておかないと。
案はあるんだけれど、なかなか固まらない。そんな現状。
頑張れ、僕。励ましの連絡はいつでもウェルカムです。



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