Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

青い空と大きな時計、曇り

青い空と大きな時計、曇り

ルイルハンリが初めて乗った飛行機は父親の飛行機だった。

ツーシーターの汎用プロペラ式飛行機。通称、ウールラ。
ウールラとはルイル語で<浮かぶ綿毛>という意味である。

空に浮かび、風に流されるようなとらえどころのない姿からつけられた通称だ。

その昔、北の欧土二年戦争時、ルイル王国が空の覇権を掌握できたのは
類まれなる精度と耐性を誇ったこの戦闘機のおかげであると言われた。


ウールラの活躍もあり、戦勝国となったものの、
望まぬ戦を受けざるをえなかったルイル王国は、
終戦を迎えた翌年に、王の見解と大多数の国民の総意によって
ウールラを破棄することを決断した。

名家であり、戦時中には大車輪の活躍を誇った生粋の軍人一族
ラインソルト家の反対を押し切り。


「今後、例え勝利したとしても悲しみに包まれるような
戦争というものがなくなることを祈ろう。」
という国王栄誉賞と共に、最後の一台だけがルイルハンリの父親に授与された。
空の平和の象徴として。



もちろん、ラインソルト一族がよく思うはずもなく、後にこの一連の出来事が
【ルイル王国、翼の七年騒乱】を引き起こす原因になろうとは
誰も予想だにしなかったのである。



父親は飛行気乗りとして、また平和の鳥として、
名を馳せてはいたが、軍人ではなかった。
ただ、飛行機に乗るのが好きなだけだった。


父親にどうして、国王栄誉賞を貰ったのかという話を聞くと
帰ってくる答えはいつもこうだった。


「たまたま空散歩してたら、変な飛行機とうちの飛行機が遊んでたから、
それに混じったら助けたことになった。」



ルイルハンリはそれに対していつも、
にんまりしながら

「へー、それは運がいいね。」

と答えていたが、本当の話は町の住人に聞いて知っていた。


実際の話はこうだ。父親が空の散歩をしているときに、
ウールラが見たこともないような飛行機3機に囲まれていたらしい。
そのウールラが攻撃されているものだから、何とか助けようと、割って入った。
しかし、もちろん、父親の飛行機は単なる民間機、武器も搭載していなし、
もちろん、平和主義者な父親があったとしてもその武器を使うわけが無い。
無骨者ではあるが、傷つけるなら傷つけられる方を選ぶタイプの男だ。

では、どうやったのか。飛行機3機ともに対し、太陽や雲を使った目くらましや、
緩急静動をつけた運転で<平和に>撃退したのだ。
無論、飛行機自体はぼろぼろになったが誰の命を奪うことも無く。


そうして、からくもウールラを救った父親は国王栄誉賞を貰うこととなった。
その敵機に囲まれたウールラを運転していたのが
国王の従兄弟だったというのが、特に事の真相だ。


それ以降というもの、国王は渋る父親を何とか説得し、
「国中の母とその子供を守るため。誰の命をも奪わない。」
という条件のもと、浮かぶ綿毛に乗り込み、空を飛び回った。


父親の腕前は群を抜くものだったらしく、機関銃の弾一発も使うことなく
敵機を撃退していったらしい、戦争をある種の平和解決した人として
伝説的な人物となっていたのだ。くしくも、物語は一人歩きするものだから、
実際に父親の顔をみても伝説の人物だと気づく人は全くいなかったらしいが。


その出来事があった時は、もちろん、ルイルハンリは産まれてはいなかったが
ルイルハンリがその話を始めて聞いたときは父親のことをたいそう誇りに思った。


実はルイルハンリの名前も、最初はハンリという名前だったのだが
王の言葉がそれを変えたのだ。


「もしよければ、御手前のこれから産まれてくる子に
この国の名をつけてやってはくれぬか。
空の守護神たる、御手前の血をひく子は
ルイルの空の守護神になって頂きたいのだ。」


謙虚だった父親はその申し出を快く受け入れ、
ハンリはルイルハンリという名を得たのだった。


しかし、父親はそういった細かい話をルイルハンリにはまったくしなかった。
自分自身、そんなたいそうなことを国の為にしたとは思ってもいなかったし
また、ルイルハンリの名前が王から授かったとわかれば
ヘタな重圧を与えかねないと思ったのだろう。


ただ、父親はルイルハンリをよく飛行機に乗せていた。ウールラだ。

乗せられた飛行機のエンジン音で身体が
ブルブル震える感覚がルイルハンリは大好きだった。
空から眺めた空と雲が大好きだったし、
豆粒のように小さく見える人がどこの誰なのかを予想するのも大好きだった。


ウールラから降りた後も、身体にはエンジン音が刻まれていたし、
父親が助手席から降ろしてくれた後に、
その右肩に乗りながら飛行機ごっこをするのが
一日の終わりの楽しみだった。

そうやって満面の笑みで迎える夕日が、
ルイルハンリにとっては朝陽よりも心地よいものだった。

そんなルイルハンリが飛行機の操縦をいとも簡単に覚え、

物心つく頃には神童と言われるほどの
技術を得ることができたのは不思議ではなかった。


彼が本格的に飛行機に乗り出したのは、
伝説とまで謳われた父親の事故が原因だった。

父親が事故を起こしたのを聞いたのは人づてだった。
隣の町まで手術の為の薬を届けるという簡単な仕事だったのだが

ちょうどその日は、数十年に一度しか訪れない
ククルココセルーヌと呼ばれる魔台風が直撃した日だった。


町の人や、みんなが制止する中、
「こんな時こそ、俺でなきゃ、ダメだろうが。」


そう言って、彼は愛用していたウールラではない飛行機に乗って飛び立った。
何か直感的に感じるものがあったのだろうか。


それから数時間の後に
ルイルハンリにある知らせが届いた。


知らせを聞くか聞かないかの途上、ルイルハンリは家を飛び出した。
風に飛ばされそうになりながら、豪雨で半ば足元も見えないまま走り続けた。
裏手にあるウールラの倉庫に向かって。


なぜ、そう感じたのかはわからない。
父親の安否とほぼ同時に彼の感情に湧き上がってきたのは
「薬をちゃんと届けなきゃ」という思いだった。


本能的に、父の意思を受け継いだのかもしれない。
父親の背中が彼にすべてを語っていたのかもしれない。


顔面で刺さるような雨を受け止め、涙が出ているのかどうかもわからなかった。
ただ、ウールラと空のことだけを考えて飛び立った。


彼のいわゆる初’飛行’はそんな空だった。







それから数年間、たくさんの飛行を経験し、修羅場も潜り抜けた。

彼には自信があった。たとえククルココセルーヌであれ
飛行機を飛ばせない日は自分には無いことを。王に仕えてはいなかったが
民間人として、空の守護神たる自信と責任感があった。






しかし、今、彼の乗っている飛行機は完全に制御を失った。
もちろん父親から譲り受けたウールラである。


操縦桿がまったく言うことを聞かない。
聞きなれたエンジン音はもはや苦しそうな叫び声のようである。
プロペラの回転音が次第に小さくなってくる。

浮かぶ綿毛はククルココセルーヌの激しい雨風と雷の中で
自由にもてあそばれている。もはや、彼にできることは何もなかった。


しかし、彼は悔しがることはなく、あきらめたような
それでも、すっきりしたような表情で
微笑みながら、ほとんどククルココセルーヌの咆哮の中、呟いた。

「そうか・・・親父・・は・・・」





*****
魔台風が生み出す暴風が窓ガラスに吹きつけ、
ガタガタと大きな音を鳴らしている。雨がひっきりなしに、窓ガラスを打ちつける。
黒ずんだシルクのシャツの右袖は外と中の温度差で生まれた結露の雫で
ボトボトになっている。それでも窓ガラスを一生懸命拭こうとする。
しかし、あまりにも顔を近づけてしまうため、すぐに鼻息で窓が曇ってしまう。

ダンカンの視界にはどうしても気になるものが映っていた。
別に恐ろしい魔台風を見たいわけではない。


しっかりと目を凝らさないとわからないような山と山の合間から
一途の黒煙が美しく空に昇っているのである。



大柄な身体をゆっくりと起こしながらボサボサの髪をかきながら言った。
「どっ、ドッ・・・・どら"ごん"ダカ?アレは?」



黒煙は空に向かって、か細く昇っている。
今にも、雨と風にかき消されそうになるのをこらえながら。

最後のともし火のように。



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