Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

Never is a promise

が~~~~~~~~~~~~~~~~~ん

ふむ、せっかく【固定】という技を知り、使ってみたのだけれど
つくづく縁はないようですね。【固定】取り下げです。

○△■な事情で、今年はエジンバラで公演はしないことになりました。
残念ですが、仕方がない。懲りず頑張ります。


パブで飲んでいても、そろそろ帰ろうかという時間は
やっと空も暗くなっていて、夜らしい夜になってきたロンドン。


徐々に早くなる日の入り、太陽がもう沈んでしまい
少し静けさが増す帰路、何気なくバスから降りたときにイヤホンから流れた曲
雑さや無駄のないとても綺麗なメロディー。

普段、僕は曲を流し聞きする。よっぽど何かがあった場合でないと
わざわざ、曲名と歌手は確認しない。

その曲ももちろん、今までに聞いたことはあったけれど、
あまりにも悲しい歌声と、綺麗なメロディー。
はかなく、もろく、何より、美しい。

Fiona Apple [Never is a promise]

歌詞はかなり集中して聴かないと意味がわからない。
でも、歌詞がわからなくても、メロディーと歌声でその曲の想がわかる。

その日は結構酔っ払っていたことが幸いしたのか
ただ単に、感覚が少しいつもよりも繊細になっていたのか。
ほかにいろんな曲を聴いていても、メロディーと歌声でその曲の想がわかる。

歌詞が伝えたい想は、歌い手の声が表現しているだろうから。
そしてふと気づいたことが、僕はいわゆる悲しい曲に美を感じるらしい。

悲しいというと語弊があるけれど、
想の強い曲に美を感じるらしい。

片思い、憧れ、一方通行の念は
募り、ふくらみ、どんどん強くなる。
行き場を失った想は重圧な空気のように広がる。

それはある種、通じ合う念よりも強い。
つまり悲しい曲は想が一番強いように思う。

一方通行も美しい。

つまり何が言いたいかというと、
次のケン用の新しいお話をちょっと思いついたので
エジンバラ参加しないけれど、初心を忘れず手元からこつこつと
頑張って、書き書きしようかなということと、

実際、酔拳って本当に実在したんですか?ということを
誰かに聞いてもらいたかったのです。

だって、そのときは、メロディーと歌声で
何故か、曲のすべてが分かった気がしたんだもの、歌詞なんて関係なくて。

酔感とでも名づけよう。

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