Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

MICMACS A TIRE-LARIGOT

Micmacs

確か初めて自分の意思で'買った'ビデオがジュネ監督の【ロスト・チルドレン
だったと思う。たかだか15年ほど前なのに、もうビデオを購入することなんてないんでしょうか。

デジタル音楽が主流になっている今でも、好んでアナログレコードを聴いている人は結構いるでしょう。僕も日本にいる時はその他大勢の一人でしたがCDは高音と低音に強いかわりに、中音に弱い。レコードは中音に強いからレコードしかなった時代のエキスパート達は中音を意識して作っていたのか、やはり当時の音楽はレコードで聴くのがいい。『音』という点ではMP3が一番最悪ですね、便利さ以外何もない。だから僕は家では最低、CDで音楽を聴くようにしているんですけど。


話がそれたけど、そんな感じでビデオを大事にする、ビデオの良さを考えたわけです。アナログのビデオから、デジタルのDVD,Blue ray。劣化しないという点では半永久的に保存が可能ですね。僕は【2001年宇宙の旅】なんて覚えてないほど観てしまって、テープが擦り切れてしまい、2本目を買ったのを覚えてます。

失われず、維持され続けるもの、すこし恐怖を感じますね。

アナログからデジタルに変わっていくことは、
気をつけないと日々の思想すら変えかねない、な~んて。


さて、映画草子、、、徒然と。

にしてもジュネ監督、歩幅が狭い、まず物語の目的地が近い。観客を楽しませるという揺るがない一点が嘘まで現実にしてしまうことができる世界観はそこから生まれているんでしょう。

目的地を遠くに設定せず、自分の手の届く範囲に設定する。しかしその手の届く範囲にはエラく深い。自分の立っている周りに深い堀があって、向こう岸にジャンプできる距離なんだけど想像もつかないほど、深い、から怖い、から面白い。って作ってるのかな。

ハンターXハンターでいうところの「円」の範囲がとても狭いけど、でもそこに入ってきたものを感知する能力は尋常じゃないほど早い。そんな感じでしょうか。

ちょうどピーター・ジャクソンとは対をなす感じかな、彼の歩幅は広いから。

キャラクター1人1人がこれでもかというくらい設定されていて現実にはおかしいけれど、映画の中ではおかしくもなく
普通に考えると「嘘~ん」となるかもしれないけれど、映画の中ではまったく嘘ではない。かといって現実離れしすぎてもいない。まさに中間、中音、アナログ作品。

【MICMACS A TIRE-LARIGOT(原題:ミックマック)】

Directed by:Jean-Pierre Jeunet
Starring:/Dany Boon/Dominique Pinon/François Berléand/Albert Dupontel


地雷で父を失い、銃弾が頭に残ってしまった男が
ホームレス仲間と軍事産業会社に一泡ふかせようとするお話。

開いた絵本、飛び出す絵本。
本なのに絵が飛び出してくる。でも3Dでもない、立体でもない。
ただ単に絵が本が開く拍子に盛り上がってくる。うそ臭い。

でも、そこには温かみ、面白み、引き寄せられる何かがある。
どの絵を起き上がらすか、起き上がらせないか、ぜ~んぶ知ってる。
ページ数はそんなにいらない。10ページもあれば十分だ。



『バラに対するヨーロッパ人の賛美を我々は分かつことをえない。バラは桜の単純さを欠いている。さらにまたバラが甘美の下に棘を隠せること、その生命に執着することを強靭にして、時ならず散らんよりむしろ枝上に朽つるを選び、あたかも死を嫌い恐るるがごとくであること、その華美なる色彩、濃厚なる香気-すべてこれらは桜と著しく異なる特質である。我が桜花はその美の下に刃を毒をも潜めず、自然の飯のままに何時なりとも生を棄て、その色は華麗ならず、その香りは淡くて人を飽かしめない。およそ色彩の形態の美は外観に限られる。それは存在の固定セル情質である。これに対し香気は浮動し、生命の気息のごとく天に昇る。香りには霊的なる或るものがある。太陽、東より昇って絶東の島嶼を照らし、桜の芳香、朝の空気を匂わすとき、いわばこの美しき日の気息、そのものを吸い入るるにまさる清澄爽快の感覚はない。-<武士道>』


長い歴史から生まれる無意識の共有がそうさせるのか、米英生まれの人の作品よりも日本人には欧大陸生まれの人の作品がより近く、より親近感が沸く気がする。


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