Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

刺繍で紡がれた世界地図

ご無沙汰しています。
アシザワゲンクウです。

今回は面倒くさくて時間がなくて、ブログをお休みしていたわけではありません。ただ、何をどう書けば良いのかわからなくて。未曾有の危機に瀕する日本の状況に触れず、しれーっとブログも書けず、かといってどうやって触れば良いかもわからず、しばらくポーっとしていました。

それに、手前勝手な一方通行の発言にだけはならないように、批評や個人的な発言が入ったとしても、根本的には「言えることを書く」スタンスでこのブログは続けてきたので、余計に言葉を失っていました。

さらに、私的なことでも煮え切らない状況が続いていて、なんというか、頭の中を霞がかり、胸の中にぽっかり開いた穴に霧雨が降るよーな、そんな日々が続いていました。特に本番終わりのリハビリ状態からこの状況に突入したのがさらに悪影響だったのかな。

まさに「不幸は畳み掛けるのが世の常」「Bad news comes in threes(悪いニュースは3つでやってくる)」が公私共にみたいな。


今、このブログを書いていますが、劇的な出来事が起こり、何かが変わったわけではありません。ただ、このままじゃ僕は駄目だなという思いで、自分の為にも綴らせてもらってます。


松山千春さんがおっしゃっていたようです。


「金があるやつは、募金しろ。

金がないけど体力があるやつは、ボランティア手伝え。


両方ないやつは、とりあえず元気出せ。」


おっしゃる通りだなと。



時代はかわり世界が小さくなり、世界各国での出来事が日毎ニュースとしてさらに世界中に配信されます。祖国の近況が手に取るようにわかる気がしてしまう。気がしてしまうけれど、気がしているだけだという実感の中で、考えては消え、消えては考えての繰り返し。

大昔であれば、祖国を思い海外に出た有志たちは祖国で起っている危機をここまで具に知ることもなく、祖国を思い頑張っていたはずです。

ただ今はそうもいかない。「知らないじゃすまない。」「気にしていないように見えるじゃすまない」風潮がある。

ここ2週間ほどできるだけ、日本関連のニュースを避けようとしてみました。でも、避けたくても避けれない。


自分が日本人であるということ、日本が祖国であるということ、その自分と日本という精神的な距離感と、肉体的な日本とイギリスとの距離感が一致しないんです。その不一致が心の溝をつくってしまう。それを埋めようとするために考えちゃう。でも、埋まったかのように見える溝はすぐにぽっかり口をあけてしまう。


感情のデフレスパイラル


で、その距離感が合わなくなってしまっている原因というのはさっきも言ったメディアを通した情報配信なんだと思います。良いことでもあるが、悪いことでもある。取捨選択のできない垂れ流された情報は、無意識に人の心を大きく左右します。

日本にいようが、海外にいようが、日本人であること、だから日本が祖国であるという事実は変わりません。それを意識するか/発言するかは、個々に由ります。でも、無意識のうちにみんな何かは持ってるはずなんです。

僕にもあります。でも、メディアを通して流れてくる情報によって僕の個人のオリジナルな日本に対する距離感が知らず知らずのうちにちょーっとだけ上書き保存されてるように感じるのです。


今それを何とかしよーと頑張ってます。


こんな小難しいことを書くつもりではなかったのですが、
何が言いたいかというとまず第一に、



僕は「元気でやってるよ。」


皆も「元気でやってけよ。」



イギリスにいると「晴れる」ということ、太陽の恵みがこんなに素敵なものなんだと心から実感します。そりゃー、ストーンヘンジを建てたよって。これは、目で見たり、耳で聞いたりしても決してわからないことなんです。わからなくてもいいんです、実際に感じない限り。世の中には他にもいーっぱいわかんないことがあるんだから。

目で見たり、耳で聞いたりする情報に頼りすぎると、肉体と精神に距離感が生まれます(しつこいね。)。

本来、人は感じて生きる生き物です。座って見て、聞いて、頭と心で感動することがすべてじゃない。

動いて、話して、肉体と心が連動した実感動をいっぱーーいすることが今の状況を打破するんじゃないかと思ってます・・・・僕の。

ていうか、最後まで結局自分の話でした。(ここまで自分ばっかりのブログ初めてじゃね?)


でもそーすると、精神と肉体の距離感が縮まり、次第に溝がなくなり、海王拳やギアセカンドができるよーになるんだと思います。ただ、元気玉や覇気はその後、まだまだ先になるとは思いますけど。

刺繍で紡がれた世界地図

少し黄ばんだ生地に刺繍で紡がれた世界地図。
世界は少しずつ紡がれていきます。いろんな人の手によって。

コンピューターや3Dで創られるのではなく、
チクチク指を刺しながら、「痛てっ」って言いながら

それでも、少しずつ、少しずつ時間をかけて紡がれていくんです。

だからこそ、愛しい。

- 0 Comments

Add your comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。