Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

受け継がれるもの。

sakura? whiteさくら?赤

天気の良い日が続いています。少し曇ったりすることがあっても、雲の合間から顔を出す太陽は相変わらずの陽気で。

昔ずっと好きで聞いていた二つの曲が久しぶりにイヤホンから流れました。
一つは温もりを。一つは心地よさを、僕に。

まずは、温もりから。

前回のブログでも少し話をした実感することと、被ってしまいますが、
テクノロジーの恩恵が素晴らしいことはわかっています、感謝もしています。おかげで遠く離れた友達や家族とも今生の別れになることもなく、繋がっていられる。オンラインのビデオ通話で、顔を見ながら話すことが出来る。テクノロジーはリアルな距離を解決してくれる。ただ、あまり恩恵にあやかりすぎて、電話でなく、テキスト(メール)で連絡をしてみたり、ともすれば、人と向かい合うよりも画面と向かい合っているのに、人とコミュニケーションをとっていると思ってしまう。で会話ならば生まれない誤解がメールで、顔を見合わせていれば、生まれない誤解が電話で。
ちゃんと気をつけておかないと大きな大切な忘れ物をしてしまいそうです。


お父さんが大好きな子供の歌。
運転席に座るお父さんの横の道具箱を椅子代わりにして、
ガタガタゆれるショベルカーの感触がわすれられなくて、
イライラする渋滞も気にせずに大笑いして

目で見て、耳で聞いて、鼻で香って、身体で感じた記憶は温かい。



父から子へ、そして子が父となりその子へ、生命は受け継がれていく。その生命の流れが次第に集まり層を作る。その大きな層を僕たちは世代と呼ぶ。そして、世代が世代に受け継いでいくものもある。社会の甘い汁に酔わされた「世代」が受け継がせることを忘れ、あたかも、勝手にその世代が育ったかのように次の世代を誹謗中傷し、臭いからといって蓋をしてしまっている社会のどこに生命の流れがあるんだ。

父と子は記憶の中で温かい。なら、世代と世代はもっと温かくてもいいのかもしれないじゃないか、歴史の中では。

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