Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

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THE DARK KNIGHT RISES

the dark knight rises

どうも、Leoです。

最近は忙しくないんだけど、心が忙しい。
人間、心が忙しくても、身体が制限を受ける忙しさがないと、
不幸かな忙しいって感じれないもんで。

よまにゃーいけん本が山積みで、あんまり時間もなくて
でも普段から本は読むから、なーんかそれの延長線上になりそうだけど、
でも、これは映画の準備で読んでる本だから仕事ってわけで…

(また時期がくれば映画の事は話します。)

つまり、隙あらば読書というよりも究書をしてる感じで
忙しくないんだけど、電車が熱いから脂汗をかきながら、
実際には冷汗をながしているという
わけの分からん状態なわけです。

なんで、今、一日の生活は、

起きる、読む、食う、働く、読む、食う、寝る、以上です。


昨日は天気がよかったので、

起きる、読む、食う、働く、公園で読む、食う、寝る、でした。


そして、またまた天気もよかった今日は進化がみられました。

起きる、読む、食う、働く、公園で読む、ブログを書く、…(おそらく)読む、寝る…(です。)


日々進化、日進月歩もとい、日新牛歩でよしとしよう。

にしても、本はやっぱりいいな。

日本に居るときは、1ヶ月に3,4冊くらいは読めてたかなぁ。
それに、近所に某チェーン店ではない老舗の古本屋さんがあったので、そこでブラブラしながら、どストライクの本にであった時には一人で小躍りするほどでした。

ただ、こちらに来てからというもの、英語の勉強もあって英語の本を読むよーにしてたら、いやはやなかなか進まない。1ヶ月に1冊くらいですかね。

最近はちったー早くなってきましたが、2冊英語読んだら、1冊日本語という自分ルールがあるので、なかなか読めないし、まぁもちろん読みたい日本語の本なんて、日本から取り寄せないと手に入らないんで。ちょーどいいバランスなんだけどね。

こっちの古本屋さんも大好きなんですけど、ただ日本の古本屋で本を判断するような目がもち、養えてません。なんで、結構色んな面白そうな本をスルーしてきてしまってんだろうなぁって思うと、ちょっと切なくなります。

本だったり、テレビだったり、映画だったり、舞台だったり、コンサートだったり、だったり、だったり、だったり……良質なエンターテイメントってのは客をのめり込ませ、今を楽しませることができる。

未来の不安、過去の出来事から思考は暴走しがちですが、それから解放してくれる。


実際、未来の不安と過去の出来事から生まれた思考にろくな物はない、不必要なものだから、そこから遮断してくれる良質なエンターテイメントを僕は重宝しています。本当に大事な思考は暴走せず、感情的にならず、建設的なもので、それ以外は結構(僕の場合は)、役にたたない事が多い。とはいえ、こーいうところから、何か作品の芽が出たりするんですけど、最近は暴走が多いので思考係の彼をしかりつけることが多いです。

彼には名前があります。ただ、名前は秘密です。
名前をいっちゃうと調子にのるからね。

名前があると人格が生まれる。そして会話がしやすくなる。

何か考えている時に思考とは別に何か感じたりしません?自分の中に。

それを明確に分けることが必要だなーって感じてて
その作業に一番手っ取り早かったのが、僕にとっては名付けることでした。

まーいーや、彼は昔は少年だったこともあります。
影だったこともあります。

よーく暴走してたなー。
(昔、そんなブログも書いたな。小さな少年の暴走…だったけかな、忘れました。)


今思えば無理矢理コントロールしようとしていたことが
悪かったようにも思います。

なんにせよ、多重人格者じゃなくたって、人間自分の中には色んなバージョンがあって、
適材適所でそいつがしゃべったりするもんだし、あいつから見たら、こいつはあーだけど、こいつから見るとあいつはこーだって、あーだこーだってなって、その混沌が人を人たらしめるわけですな。

そーいうのが入り交じると物語が面白くなる。
シェークスピア作品なんてそーだもの。


台詞がないところ(もちろんあるところでも)
そーいうことろが見えるから深〜いところを楽しめる。

そー、あー、こー、ってうるさいよね。

そーいえばー(これで最後ね。)、最近新聞でこんな記事を読みました。


1788年のコニャック。
224年もののコニャック。
世界で一番高いコニャック。
1本1000万円のコニャック。
実際アンティーク価値としては2億円の価値はあるコニャック。


”あくしでんたりー”で割れてしまったそうです。
ギネスレコードブックで100万円するカクテルを作っているところだったそうです。

ガッシャーンと。

どんな雰囲気だったんでしょうね。

でも、所詮、物なんてそんなもんです。
誰かにとっては何か特別でも、誰かにとってはなんでもない。
知らなければ、ホント、何でも無い。

”価値”ってのはシェアされて初めて、価値と認識されるんだから…。


時は第一次世界大戦。

勇猛に敵と戦い、勇敢に仲間を助け、決して逃げることなく、
その使命をまっとうし、命からがら戦場から戻った男。ただ生きて、恋人に再会したいという想い一心に。

しかし、戦争は戦場だけでその無情を表すのではない。
戦時下という状況が二人の想いを分ってしまったのだ ー 恋人の行方は知れず。

「ずっと一緒にいるからね。」

そういって彼女がくれた写真。
ペンダントの中に大切に持っていた小さな小さなその写真を頼りに数年かけ、
恋人がある山の麓のパブで働いているという噂を耳にする。

「やせ細り、無精髭をたくわえた僕を彼女は覚えてくれているだろうか。」

「他に誰か良い人ができていないだろうか。」

そんな、喜びよりも不安に似た感情を抱きながら

男は…パブのドアをゆっくりと開けた。



「毎日手紙を書くから」
その言葉を女は信じていた。

もちろん戦場から手紙を頻繁にかけるとは信じていない。ただ、男の優しさが嬉しかった。

男を送り出してすぐ、町から疎開することとなった。一晩での決断を迫られた。
町が大規模な空襲にさらされるという情報が入ったからだ。
女はここに残ると言った。男はここに帰ってくる。ここから離れれば男が帰ってくる場所を失う。

「生きてりゃまた会える。」

そういったのは長老であり、女の祖父だった。祖父が怒鳴った事は今までに無かった。
女の目に未来を写すには十分すぎる言葉だった。

女はできるだけたくさんの人と会話をし、顔を覚えてもらい、山の麓のパブにいることを伝えた。
いずれ男が自分を見つけてくれる事を信じて。

山の麓のパブで働いて数年経っていた。男がいつかやってくることを信じ続けた数年だった。
その日は、大勢の人でめったに無いほどパブはにぎわっていた。朝から雲一つない、よい天気だったからかもしれない。

ふと、パブのドアが開く。ゆっくりと開く。

光とともに入ってくるシルエットには見覚えがあった。



男と女は呆然としながらゆっくりとゆっくりと互いの日々を思い出しながら
一歩ずつ一歩ずつ近づいていった。

パブは大勢の人で賑わっているが、お互いの顔しか目には入らない。
人に激しくあたっても気にならない。

女は風貌の変わった男のまったく変わらない黄金の意志を表した眉毛をみて微笑んでいる。
テーブルに激しくぶつかっても気にならない。

笑い声、ざわつく声、一瞬の沈黙、そして泣き声、

二人には何も聞こえない。

お互いが苦しみ、信じ抜き、生き続けた数年間。
ようやく今、二人はこの平和の世で、二人の世界をついに手に入れたのだ。

遠慮がちにお互いの手と手が触れた瞬間、
二人の滝のような涙と、太陽のような笑顔がそのパブを覆い尽くした。

虹ができてもおかしくがないほどに。


テーブルには初老の男と女が座っている。
初老の男も涙を流している。それを優しく温かく、さする初老の女。


「224年もののコニャックが……」


テーブルの下で砕け散ったガラスボトルがキラキラ光っている。
それを大勢の人たちが呆然と眺めていた。



ね、そーなんですよ、世の中わかんない。
何がどーなって、どれがどーなってんのかわかんない。

誰が結局はどこをどーいうふうに、どーやって見てるかだよね。



長い歴史があった。初老の夫婦はそのボトルを楽しみにしてい………



ってもう始めなくていいよね。


そんな風に、人から見れば、あーでこーでっていう価値のシェアというか、刷り込みというか、共有というか、そういう効果をね、果たすわけなのよね、続編ってのは。特に3部作ってのは。

そんなこんなで、映画草子徒然と・・・。

【The Dark knight rises(邦題:ダークナイト・ライジング)】

監督:クリストファー・ノーラン
出演者:クリスチャン・ベール/マイケル・ケイン/トム・ハーディ/ゲイリー・オールドマン/アン・ハサウェイ/モーガン・フリーマン



クリストファーノーランは全三作品をかけて、現実に存在しうるゴッサムシティーを作り上げ、修行とテクノロジーでバットマンという存在をポッと出の超人間ではなく、できるだけ現実世界に入れこんだ。ただのアクションではなく、何故バットマンであるか、バットマンであることがどういうことか、自身の正義感、猜疑心、英雄論、色んな物に苛まれ生まれたバットマンをすこーしずつ、すこーしずつ、7年の歳月をかけて、今作に至るまで共有して来た訳です、僕らと。

たとえ今までのノーランシリーズのバットマンを見た事がなかったとしても、観に行くような人は耳にした事があるでしょう。どんな感じのバットマンなのかを。少なからずある種の価値観を共有したわけ状態なわけです。

だからこそ、今回のダークナイトライジングは、同じ角度から皆がみれるように出来上がってます。


「おいおいおい、あのコニャックは高かったんだぜ。」

「店はいっていきなり号泣しながら泣き合うかあの二人。」


なーんてことは誰も言いません。
(ちなみに僕が言ってるのは一つ一つのキャラクターの観点云々ではなくて、作品についてのことです。)


ほんとね、よーくできてる。


すべてがあって、バットマンが、ダークナイトが真っ昼間に戦うんだよね。


漫画をここまで表現する映画力と監督力に脱帽でした。


もっかいみにいこうかな。終わってしまったのが残念でたまりません。
ベインのマスク経由の英語はものっそい聞き取りにくかったし。






「あなた方はアーティストである以上、レモンの味を描かなければならない。形あるものを描けるのは当然で、形のないものを描くということからスタディーは始まる」中村信夫



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