Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

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RUBY SPARKS

ルビー

またまたご無沙汰しておりました。

皆さん、お元気ですか?
All That Remainsの第一期撮影は9月上旬でいったん終了し、第二期は11月に予定されています。

撮影風景1

本作品は全編ほぼ、CGIで作られるので、ほとんどがグリーンスクリーンを使っての撮影。色んな事を監督と練り合わせないとちょっとしたズレがやっぱり演技に出てしまうんですな。

production photo1

production photo 2

こーんな感じに仕上がってきます。

さーて、この沈黙の約1ヶ月間に3年ぶりの日本帰国を満喫してました。いやー、日本は旨い!もーね、飯がたまらない。帰る前からリストアップしていた食べたい物、行きたい飯や、飲みたい酒、食い倒れの町大阪に、食いに帰った葦沢リオです。

お腹いっぱいになってて、もうこれ以上入らないってなってもまだ食う。
お腹が減ってなくても絶対に三食は食う。

なんとまぁ、身体様を無視した精神の横暴でしょうか。

○○家にいったときなんてたまんなかったね。みんなは「○○の方が美味しいよ」「牛丼食いたいならもっと旨い店連れてってやるよ」なーんて素敵なことを言ってくれていたのですが、○○家がよかったわけです。

感覚(五感)は<えているじ>とはよくいったもので、記憶にかなり左右されます。もちろん、記憶を呼び起こす誘発作用もあります。その中でも味覚は他の四感と違い、かなり記憶に左右される感覚です。たとえば、目隠しして鼻をつまめば実際問題、まったく何を食しているかわからなくなってしまったりするでしょ。

その分、意識する事で記憶を呼び起こす強い誘発力もある。

「旨いもの」を食べたいというよりも、○○家の牛丼を食べる事で「旨い雰囲気」を身体に蘇らせたかったわけです。

「この店は味が落ちたような気がする」

よく耳にしますねぇ。って思ったら自分の記憶、前回来た時の状況を思い出してみてください。前回店に来た時は<満ち足りていた>、今回は前回より<満ち足りていない>のかもしれません。人の味覚は実のところあまり優れていません。優れているのは、それがいかに記憶とリンクしているかです。

話はズレましたが、にしてもこんなに僕は飲めるのかってくらい酒も飲みました。

イギリスは酒税も高い分、イギリス産(スコットランド)ウイスキーですら日本での方が安く買えてしまうくらいなんですが、唯一よかったのは、ワインが安く買えた事(もちろんヨーロッパとは比べもんになんない)。だーがしかし、だがしかし、日本…いつの間にかワイン安く買えるようになってるじゃん……。

……(イギリス勝てない…)

んー、とっても大切な事。

日本に帰って気づいたのは、町を歩く人々の姿勢です。

いやはや、スマートフォンが普及してから人が携帯をところかまわず、座ってても、立ってても、歩いてても触る率が格段増えたということもあるのかもしれませんが、姿勢が悪い。

ヘルニア爆発経験がある僕から言いますが、姿勢が悪いのはよくないよー。
35歳を超えるとだいたい人間、椎間板はちょっとくらいは出ちゃうそうです。みーんな出てる。ただ、それが炎症を起こすか起こさないかでいわゆるヘルニアの症状が出るか出ないかに関わってくるそーです。おーこわっ。

それに、身体の姿勢というのは生きる姿勢です。

所詮は身体、借り物とはいえ、健全な肉体に健全な精神は宿ります。

そして健全な精神が健全な肉体を維持します。

ただでさえ、重力のせいで自分が本来持つ質量だって感じれなくなってしまってるんだから、普通に生きていると肉体が精神(魂)にべったりくっついてしまって身動きできなくなってしまっているんだから。

姿勢は良くしよう。
身体が曲がってると、いろんなところにしわ寄せがいっちゃうんです。

本来、精神と肉体の関係は水とコップであるべきです。そうすれば、コップ(肉体)という殻の中で水(精神)は縦横無尽に動き回れます。肉体が精神に、精神が肉体に影響を与えつつ、支えあうわけです。

でも、生きてるうちに、気がつかないうちに水がババロアみたいに個体になってしまって、コップにこびりついてしまう。そうなると、殻にびったりくっついてしまっているので、肉体と精神の区別がつかなくなる。

そーなると、ただ姿勢が悪いだけで、精神にまで影響を来す。

そー、「元気」がなくなってしまうわけです。


肉体と精神の区別がつかなくなってくると、自分をどんどんコントロールできなくなってくる。
例えば、肉体の欲求と精神の欲求の区別がつかなくなる。

そーなると、だいたい人は心配、不安、懸念に苛まれ始めます。

それはもちろん、自分の中から始まっている事なのに、あたかも外の環境が自分を陥れているように感じます。
そして、人は外にあるものを何とか変えよう、コントロールしようとし始めます。

そーなると、負のブラックホールに取り込まれてしまうわけです。

その最たる人たちがコントロールフリークと呼ばれる社会にいっぱーーーい存在する人たちになるわけです。

んー、まずい。

まずいなぁ。

ね、だから姿勢はよくしませう。

そんなこんなで映画草子、徒然と…。

【Ruby Sparks】

リトル・ミス・サンシャインの監督が送る現代人へのメッセージ。

人はどこかで、人が自分の想い通りに何かをやってくれることを期待してしまいます。

自分が何かをするとその見返りを求めます。

「俺がこーやったんだから、こいつもこーすべきだ」

「俺はこんなに頑張ってるのに、こいつは何でしないんだ」

「あいつはこーなった方がいいんだ」

「あいつはこーすべきだ」

主人公カルビンは作家です。ある日夢で観た女性に関する物語を書き始めます。そして自分が作り出した女性に恋に落ちます。ある朝、目覚めるとその女性が実際に自分、自分の彼女として存在します。とまどうカルビン。徐々にその女性が実在する人間だということを理解し、共に生き始めます。しかし、彼女は彼が作り出した人間。自分が想い通りに彼女をコントロールする事が出来ます。

人を想い通りにすること、コントロールしたいという気持ちが究極のところまで行くとどーいうことになるのかという美しくも悲しいシーンが、素晴らしい手段で表現されています。


是非、観てください。

とても素晴らしい映画でした。



信頼と期待は似ても似つかぬもの。

期待は大切だと思いがちですが、期待ほど、人を人足らしめない感情はありません。

人は信頼と期待を混同しないよう重々注意すべきなんだと思います。


『怪物と戦う物は、その際に自分が怪物にならぬように気をつけるがいい。長い間、深淵を覗き込んでいると、深淵もまた君を覗き込む』


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