Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

THE HOBBIT: An Unexpected Journey

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みなさん、素敵なクリスマスを過ごしましたか?どうも、葦沢リオです。
25日から休みにはいったんですが、いやーもー、駄目人間のようにまったりしてます。

Merry xmas


クリスマスシーズンってのは不思議なもんで、
やっぱりみんな浮き足立ってるし、幸せそーなムードに満ちあふれています。

年末の休みは早く始まるものの、年始の始まりも早い。こちらに住んで数年経ちますが、クリスマスの休みムードには速攻慣れたのに、いつまでたっても、2日からフルで仕事モードになるというのにはなかなか慣れません。

人間、楽なもんにはすぐ慣れるわりに、厳しいことにはなかなか慣れないもんですな。

そういえば、12月22日のマヤの予言から派生した地球終末説。

世界的に実は何かあったのでしょうか。

皆さんの心の中では何かあったのでしょうか。

全く何もないその他の日々と同じ一日でしたか。
(この表現嫌いだなぁ・・・)

小学校の頃を思い出した。ちょうど僕が小学6年生の頃。

仲良しグループが集まる放課後。教室の後ろ、ドアのない長方形のロッカーの上に座り、
底の浅い段ボール箱に2、3cm四方のついたてを入れこみ
碁盤の目になるように作った巣箱の中でうにうに動く
蚕をいじりながら心が暴れそうになるくらいの不安にかられながら、
みんなで1999年ノストラダムスの大予言の話をしていました。

あの、小学生の頃の僕からすれば、1999年は10年くらい先の話だったのに。

想像力が全身の細胞を奮い立たせる感覚。
想像の不安に身体が反応する。過去の怒りを反芻し、身体に反応させる。

人間ってのはすごい力を持っています。
この力ってのは負のベクトルに対して発揮しやすい。

この力を正のベクトルに対して発揮する為には修行がいるもんなんですよね。
なんで正より負が楽なんだ。負は誰でも簡単に発揮できて、正はできないんだってのは
人間が昔からとりあげているテーマです。それも人間という根本に根付いた。

かつてはソクラテスやらプラトンから始まり、デカルトだったり、ニーチェだったり、
結局それを分かりやすく映画「スターウォーズ」みたいにしたり、漫画「ナルト」みたいにしたり。

手を替え、品を替え、僕らが探っているものです。
まぁ、今日はこーいうのはいいや。

でも、ずーっと頭を使いすぎると脳みそこってくるので、
今は脳がトロトロになってしまうくらいホヘーっとボケてます。

ぼーっとテレビで流れるクリスマス番組をみてました。


そーいえば、こないだ友達にイギリスでの典型的なクリスマスの一日はどう過ごすのかを聞きました。

もちろん、人によるそうですが、起きて、ツリーの下プレゼントをあける。
朝からクリスマスバックス(お酒)の用意を飲みながらやりだす。
親戚がお昼過ぎくらいから集まり出す。
テレビを観ながら飲み、話して一日を過ごす。

大人同士も夫婦、さらに親戚同士で
お年玉をあげ合いっこすればもう、正月と一緒です。

家によっては逆にクリスマスはテレビ禁止だったりもするそうです。
会話を楽しめ!と。

でもクリスマスに放映されるChristmasy(クリマスシィーね。英語では最後に「y」つけるんだな、「○○的な」みたいなニュアンスで)なテレビや映画を観るのもクリスマスの楽しみ方だそうです。僕らでいう正月番組ね。

クリスマシィーな映画も観る。

アニメ映画もここぞとばかりやっていますが、どーも昔から海外のアニメはあまり好きになれません。
アニメが実写に勝るところは、カオスをまとめあげる力が圧倒的に強いとおもっているから
キャラクターや設定や動きがアニメだからこそできるというような部分に魅力を感じません。

海外アニメ映画はどこまでいっても実写映画の延長線上でアニメって気がしないんですよね。
それに比べると日本のものは違う。日本のアニメは、アニメだからこそ可能なカオスを形にしてる。

実写映画だと「ほら、空気をこの虫かごに閉じ込めたぜー。」を表現するのに限界があるし、
またこの台詞を意味付け作品内で使用する事って難しい。

アニメ映画だと「ほら、空気をこの虫かごに閉じ込めたぜー。」
という台詞が成立する作品と映像を作れるんだと・・・・と思う。

そういう意味でカオスを収める力があるってことね。

とはいえ、僕もクリスマス気分を満喫したかったので、
25日から1日半間かけて、ハリーポッターシリーズを計6作観ました。

「賢者の石」と「秘密の部屋」は本でも読んでたし、内容をよく覚えていたから、それ以降の「アズカバンの囚人」をみました。ちょーど、昼の2時頃から観出してそのまま、次の「炎のゴブレット」へ。それから小休止で夜ご飯を食べたり、まったり他のことをしていたので、「不死鳥の騎士団」はちょうど12時頃から観始めました。

それからはいっちゃいましたね、スイッチが。
朝の8時半頃までぶっ通しで、「謎のプリンス」「死の秘宝①」「死の秘宝②」をみました。。。。

「すっげー、そんなに面白かったのかー」と思われるかもしれませんが、
んー。ん”ー。んん”ー。でした。

ハリーポッターシリーズは1、2作目、3作目、4作目、5、6、7作品目と監督が違います。

シリーズものは、(ジェームズボンドは別として)同じ監督が撮り続けるか、別の監督がそれぞれ撮るが一番面白くなり得る。前者が例えば「ロード・オブ・ザ・リング」、後者が「エイリアンシリーズ」。

前回紹介した現代版「大いなる遺産」の監督アルフォンソ・キュアロンが3作目の監督をしています。
ぶっ通して3作目から観た時に、監督によって脚色が違うので、それぞれを楽しんでみれました。

5作目に突入した時も、なんともまぁ、違ったアプローチで面白いななんて楽しんだものの、
そこからの6、7の①、7の②は厳しいな。
監督として、5作目から作り出すというのはとても難しい作業だったんだと思います。

せめて、4からできたらね。

この作品は1ポーズ決めて、2で歓声もらって、3で走り出すからね。4の時点ではもう、踏み台を思いっきり踏んでほぼ、跳び箱の頂点に手がついている状態だからね。グッと飛び越えて、着地するところは大事だけれど、せめてジャンプは自分でやんないと、飛び越えて着地する過程をしっかりと収めるのは難しい。

だからそういう意味で5は面白かったんだけど、それ以降は結局、雄犬のおしっこみたいに片足を中途半端にあげた側面越えのような形で跳び箱を跳び、片足で着地して体勢を崩しちゃったんだよね。とっても残念でした。

もし、同監督がシリーズ物を最初から撮る機会があれば是非、みたいなぁと思いました。

にしても、Sirius Black(シリウス・ブラック)って、物語の登場人物で
1、2を争うくらいカッコいい名前だなぁっていっつも思うんだな。

おっと、今日はなんか、ちゃんと映画草子ってかんじだなぁ!

はっはっは、そんなこんなで、映画草子徒然と。

【THE HOBBIT: An Unexpected Journey(邦題:ホビット 思いがけない冒険)】

監督:ピーター・ジャクソン
原作:J・R・R・トールキン『ホビットの冒険』
出演者:イアン・マッケラン/マーティン・フリーマン/リチャード・アーミティッジ


「ロード・オブ・ザ・リング」の前日譚。僕の知り合いでも「ロード・オブ・ザ・リング」よりも「ホビットの冒険」が好きな人が多いくらい、知名度は高く。原作はこちらが先に出版されている。

細かいお話は興味のある人にウィッキーさんしてもらうとしませう。

当初のお話だと、自分の作品と競合したくなかったから、
ピータージャクソンは断っていたそうですね。

個人的にも「ロード・オブ・ザ・リング」は好きなので、とっても楽しみにしていました。

何をするにあたってもシリーズの中にその人のスタイルというものが現れます。

キャラクターをベースとしたシチュエーションシリーズだったり、

リズム(音楽?)に乗って漫才をする芸人さんだったり、

だったり、だったり。

「キングコング」と「ロード・オブ・ザ・リング」には共通するピータージャクソンのスタイルがある。
でもそれが「ホビットの冒険」には無い。あるんだけど、無い。ていうかありすぎかな。

これだけはやっちゃ駄目だの一つ、乗せること。

例えば「ジュラシックパーク2」と「キングコング(旧作)」
「ホビットの冒険」と「ロード・オブ・ザ・リング」

さらにもう一つ、物語の設定と流れに疑問を抱くような演出。

・・・てか、もう書くのやめよう。
映画ってのは、ホントね、繰り返し言うけど、映像だけじゃないんだよ。

もっかい言うけど、映像だけじゃないんだよ。

例えば、アリッサ・モンクという僕の大好きな画家がいるんですが、
彼女の絵は、(今はだいぶかわりましたけど)写真のようでした。
「写真のようだ」という表現が間違ってるんだけど、分かりやすいように。

でも、同じアングルで写真を撮ったとしても、こうはならない何かがある。
同じく写真のもつ何かを、絵に入れこむ事はできない。絵と写真の何かは被らないから。

演奏も、映像も、舞台も、それぞれ何かというものがあり
その何かをプロフェッショナルというのは理解し、利用しています。

その何かをちゃんと入れて丁寧に組み立ててほしかった。

あ、でもまったく組み立ててないからな、仕方ないのか。




「All That Remains」の新しいニュースです。僕自身とは関係のないシーンですが、永井さんの本が出版されるかどうかを吟味するアメリカ軍のシーンが最近アップされましたので、ご紹介します。




皆様、2012年は大変お世話になりました。

色んな事がありましたが、本当に少しずつですが、前には進んでいます。

しっかりと大股開いて腰落とし、手綱をグイグイ引っ張っていると、ある日突然、逆に引っ張られて体勢が崩れて足が前に出た。そうやって、また一歩進んだその場所で、大股開いて腰落とし、グイグイグイグイ引っ張ると、逆にまた引っ張られて一歩足を踏み出して。自分が引っ張る力が強ければ強いほど、逆に引っ張られた時に、大きく体勢を崩してしまう可能性もある。顔からこけちゃう時もある、怪我する時もある。でも立ち上がった時にはそれだけ前に進んでます。

前に進むという事は、あるとき、何かの力に引っ張られるもんです。

だから進むんじゃない。進められるんだと。
大事なことは後ろに転ぶくらい力一杯、手綱を引き寄せる力と勇気です。

その為には何をすればいいか。それは自分が一番知ってるはず。

2012年は引っ張られて進んだ一歩がありました。
みなさま、ありがとうございました。

今年も残り数日。しっかり禊いで、2013年をぐんと迎え入れましょう!

それでは、よいお年を。

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