Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

噫無情(ああ無情)

Lemis

どーも、雪が深々と降る中、アールグレイを楽しみつつ、ハウルの動く城を流しながらブログ書いてます。みなさん、元気ですか?映画館で観た時のハウルの登場シーン、鳥肌たったなぁ。

「上手だ」

「いい子だ」


きっざー、かっこいー。
言いてー。言ってみてぇー。


金曜日からロンドンでは雪が降っています。ロンドンで雪がここまで降ることもあんまりないので、僕も庭駆け回る犬のようです。でも、なんだかんだで、犬、みません。ロンドンの家は庭のあるお家ばっかりですが、犬、観ません。

あー、犬も寒いんだ。

庭駆け回らないんだ。

snowsnowsnow

こんな雪が綺麗な日には、パブに行きたくなる。
暖炉のそばでエールビールを飲みながら窓の外に深々と降る雪を愛でる。


ちょーど、こんな寒くて雪がパラつく日だった。


ロンドンに来て、最初に観に行ったミュージカルが「レ・ミゼラブル」。もともとあんまりミュージカルを好んで観に行かなかった僕が初めてちゃんと観たミュージカル。正直、こちらに来てすぐだったので、しかも歌ってるし、何を言っているのかよくわからなかった。

でも、生演奏に豪華絢爛な衣装、肌をに突き刺さるミュージカル役者さん達の声量。

ボーリングの球でどーんと後頭部を殴られたよーな衝撃を受けた。

演劇が総合芸術であるってことを改めて痛感させられた。

あれから6年。

「あぁ、あのとき『レ・ミゼラブル』観たな。その時の僕はどーだったかな。」って思い起こそうとしても、壁中引き出しで囲まれた狭い『箱部屋』の中にいる僕が<2007年、レ・ミゼラブル>ってラベルが張ってある引き出しの中をのぞく事しかできなくて。その中には、一冊の写真アルバムしかない。その時の出来事や事実が綺麗に整理されているアルバムをペラペラめくり、フムフムって眺めることしかできない。

でも体験を通して、思い起こすと、同じ『箱部屋』の<2007年、レ・ミゼラブル>という引き出しを開けてみると一冊の写真アルバムとさらに筆記用具、万華鏡や虹色の液体が入ったペットボトルが入ってあったことに気づく。

体験を通して思い起こすことで、何も書いていないラベルの何が入っているのかわからない引き出しの中身が溢れそうになっていて、開けずにはいれなくなることもある。開けてみると「あー、なるほど」って気がつく、と同時にラベルに文字が浮かび上がってくる。<2009年、稽古初日Claverdale Rd.>みたいに。

そして、にんまりする。


でも最近、どんどんどんどん『箱部屋』が狭くなってきている気がする。

狭すぎて、自分が引き出しに近すぎて。

昔は10畳くらいの部屋の壁中が引き出しで、そんなに天井も高くなかったし、それぞれのラベルの字が小さいから、引き出しに歩いて、近づいて、確認していたのに、今はそれが4畳半くらいになって、その場を動くことなく、引き出しのラベルが読める。でも、近すぎてどの引き出しがどの引き出しと隣り合ってるかなんてわからなくなる。引き出しはもちろん一つの箪笥のようなものであるわけだから、互いが互いに影響する。


コーヒーを作りにキッチンにいって、お湯をわかしている間にトイレを済まし、そのまま部屋へ戻る。

毎日顔を合わせるし、会話はするけど、長らく名前を呼んでいないので思い出せない。

読んだ本のタイトルを聞くだけで、特定の一文が簡単に出てくる。

観たことのある映画のワンシーンや、一小節分の音楽のだけで、作品がわかる。


こんなことが起こり出す。
ね、部屋が完全に狭くなってきている。


これは由々しき問題なわけで、部屋が狭くなってしまうと、上にどんどん積んで行くしかなくなるから、どんどんどんどん上に積む引き出しは見えなくなってく、そして終いには脚立まで必要になってくる。

メリットは、ある特定のものを必要とするときに、必要なものをみつける時間が早い。

デメリットは、特定でないものを必要とするときに、なかなかみつけることができない。

自分の良いように、あまりにもカスタマイズされすぎている。
これの行き着くところは崩壊である。


なので、最近は整理整頓をきっちりすることと、狭くなって来た『箱部屋』を広くするために四苦八苦してます。でも、あんまりこれをやりすぎると、こんな風になっちゃう。

LeoにLeo


あたまでっかち。


これはこれで駄目なんだよね。

そんなこんなで映画草子、徒然と。。。

【Les Misérables (レ・ミゼラブル)】

監督:トム・フーパー
原作 小説:ヴィクトル・ユゴー
出演者:ヒュー・ジャックマン/ラッセル・クロウ/アン・ハサウェイ/アマンダ・サイフリッド/エディ・レッドメイン/アーロン・トヴェイト


今でこそ、外国語のタイトルそのままをカタカナにしたタイトルが増えてきているれど、昔は日本語訳された、映画を消化した上で、翻訳したタイトルが主流でした。「レ・ミゼラブル」は「噫無情(ああむじょう)無情」というタイトルで親しまれた作品。タイトル翻訳史上これほど、素晴らしく原文タイトルを日本語に訳した作品はないといわれているものです。

僕は、「レ・ミゼラブル」よりも「ああ無情」というタイトルの方が好きです。だって「レ・ミゼラブル」って全然はいってこないんだもの。まずフランス語がわかんない。英語だとして、Miserables、これはなんとなくわかる。でも、僕の知っている英語の意味の「miserable」とこのタイトルとしてのmiserablesはしっくりこない。

せっかくのタイトルが、作品を認識するためだけのものになってるもん。


「おー、俺みたよ『レ・ミゼラブル』」
「へー、どーだった?面白かった?ところでどんな内容なんだ?」


「おー、俺みたよ、『ああ無情』」
「へー、どーだった?なんか重そうだな?どんな内容なんだ?」



タイトルってすんごい大事でしょ。冠なんだけど、ラベルみたいなもんなんだけど、でもそれだけじゃなくてさ。ジャケ買いみたいに、タイトルだけで観に行こうっていうのあるじゃん。『耳に残るは君の歌声』という映画は、タイトルだけで観に行ったもの。他の情報無しで。

一応、僕もブログのタイトルだったり一人芝居のタイトルだったり、冠としてのタイトルには必要以上に神経を使う。そのタイトルがまったく入ってこないってのは、嫌なんだな。


空洞化。今、社会や人の風潮やら何やらかんやらすべてにあてはまる言葉、『空洞化』

こんなところにも顔を出しやがって。
みんなでちゃんと拒絶してコテンパンにしてやりましょう。


ミュージカル。音楽と舞台の供宴。ここでも何度も触れたことがあるけれど、音楽には本当に不思議なちからがある。某有名演出家さんも、「僕は演劇では泣かない、ただ、音楽で泣いているんだ」っていうくらい。

役者としても確実に歌唱力っていうまた特別なスキルが必要になってくる。

なので、しょーじきなところ、この作品関してあまり多く語れません。

というのも、わからないんです。ミュージカルをやったこともないし、携わったこともない。だから本当にわからない。

なんで今日はもうちょっと感想文的な映画草子で。


今回、日本に帰っている時に僕の敬愛する先輩から教わった色んな事の一つに、「日本は近代化に失敗した」ということがある。明治維新が日本の近代化を促した革命のようにとれるかもしれないけれど、その他の国々の近代革命とはまったく異なる。

「ああ無情」の舞台はフランス革命を取り巻く社会情景。娼婦から若い者の貴族まで民衆が一致団結し、勝ち取った近代化。日本は昔から農民や民衆が不満を募らせ一揆を起こしたことはあっても、政府(王権)や社会情勢にかかわる反乱や革命は、すべて武士や貴族などの上流階級が起こしたもので、民衆はいつも蚊帳の外だった。

そして、その延長線上が今日の選挙率に如実に繁栄されている。。。


なーんていう日本民族を考えると、ああ無情の作品に潜む、『力』

時代のうねりを肌で感じる力
それを受け入れる力

いろんな力がぎゅっと凝縮されている作品そのものに震えました。

この時期、この時代に、この作品が、これだけ多くの人に観られる機会があることは素晴らしいと思います。特に今、特に今、大切なことなんだと思います。

Do you hear the people sing?
君は人々が歌うのが聞こえるか?
Singing a song of angry men?
怒れる人の歌を歌っているのが
It is the music of a people
それは人々の音楽だ
Who will not be slaves again!
もう二度と奴隷にならない人々の



誰しも奴隷になるのは嫌いなはず。
奴隷の定義をしっかり考えてみてください。

ウィッキー君によると

『奴隷(どれい)とは、人間でありながら所有の客体即ち所有物とされる者を言う。人間としての名誉、権利・自由を認められず、他人の所有物として取り扱われる人。』

何度も繰り返し、繰り返しこのウィッキー君の文章読んでみてください。

人間、名誉、権利、自由、他人、所有物

これらを分解してちゃんと理解して読んでみてください。




「あなたは大丈夫ですか?」







深々と雪が降り続いています。

昨日、こんな寒い日でも、ちゃんと散歩に連れて行きたかったのか。散歩をしているおじさんと犬をみかけた。
でも、飼い主のおじさんはたまたま出会った知り合いと道端、井戸端会議を繰り広げていた。

犬種はピットブル。他の犬と比べると、毛は少なく、見た目もすごく寒そうだ。

案の定、相当寒いのかガタガタ震えながら、足を一つずつ交互に浮かして肉球が雪に触れるのを避けていた。

飼い主の会話が終わるのを健気に、足をあげさげしながら耐えていた。


そばを通り過ぎる瞬間に僕は言った。


「いい子だ。」




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1 Comments

澤田  

おんちゃん元気にやってるみたいやね,風邪ひかんように!
来月子供産まれるで、残念ながら恒亮とゆう名前は却下されました…ご報告しときます

2013/01/22 (Tue) 03:53 | EDIT | REPLY |   

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