Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

三つ子の魂百まで

残すところ後1日で撮影がクランクアップする映画【All That Remains】の新しい写真が公開されています。

本当に、もうすぐそこですね。終了した時に僕の気持ちがどんな風に揺れ動くのかは僕にもわかりません。

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さて、最近は残念ながら一月に一度の更新になってしまっています。
葦沢リオです。

今、リオって書いたね、僕。

最近、日本語のプロフィールを書くことになって、
自分の日本語の名前に悩みました。

できるだけ自分の名前はLeo Ashizawaで表記しようと思うのですが、
日本語で書くときはいつも悩みます、とくにそれも最近。

というのもLeoは日本人にとって『レオ』なので、
ほぼ9割、イギリスでの日本人の知り合いにもリオではなく、レオと呼ばれます。

もちろん、最初は【葦沢リオ】として、スタートしていますが
名前は体を現すので、みんなにとってレオなら、レオなのかなって。

しかも命名の背景には獅子も含まれているので、
そうなると日本語的には、なおさらレオです。

でも、非日本語圏の人にはLeo(リオ)って文字通り呼ばれています。
非英語圏にはレオっていう音に馴染みはないから。

リオって名乗り続けるとアルファベット表記がRioになっちゃうよね。

これはまったくもって違います。

完全に別人になっちゃう。これは嫌なんだよね。

で、実際に葦沢リオなのか葦沢レオなのか。


それはぶっちゃけどっちでもいい、、、です。ハイ。


ゲンって呼んでくれる人もいるし。



結婚して苗字が変わっても古くからの友達は旧姓で呼んだり
友達と本人しかわからないような昔のあだ名で呼んだりするじゃん。

少なくとも僕の場合はみんながLeo Ashizawaだってことを
わかってくれていれば表記は気にしないということで。


日本語って外国の地名をちゃんと現地読みであらわします。

英語だとヴェニスだけど、ちゃんとヴェネツィアって言うし、ミュニックもミュンヘンだし、ズーリックじゃなくて、チューリッヒだし、イタリーは、イタリアだし。ターキーでなく、トルコだし。


なのに、なんでリオナァード・ディカープリォは、レオナルド・ディカプリオなんだろ。


でも、リオデジャネイロはレオディジャネイロじゃないもんね。

もちろん、RioとLeoの違いなんだろうけど。


でもさー、Lはローマ字では習わないじゃん。

ら・り・る・れ・ろ はRじゃん。だったら音のままにしてくれればよかったのに。

イギリスはエゲレスで、イングランドだもんね。

幕末から国交があった場所に関しては音から名前が来てて、

それ以降は文字から名前が来てるんだろうね。


まー、そんなこんなで、『葦沢リオ Leo Ashizawa』というどちらも表記しちゃいました。
若干すっきりしたかな。どっちかにしてくれって言うようなことがあるまでこれでいいかなって。


なんで、日本語でプロフィールを作る必要があったのかは、
近々正式に発表できる時が来ればします。


いつものように戯言が長くなりましたが、今日はさっくりと映画草子へ。
(さっくりか?)


色んな映画や舞台を見てきましたが、ダイジェストでおさらい。
舞台も結構見てますが、今回は映画草子に専念して、
今度また舞台草子を書きますね。




一番最近見たのは、【RUSH(邦題:ラッシュ)】

Rush-poster


F1レーサー、生真面目秀才ニキ・ラウダと破天荒天才ジェームズ・ハントの物語を描くロン・ハワード監督作品。


実は個人的に思い出深い作品です。

相当な紆余曲折があり、大変だったイギリスでの永住権取得。
(今ではもう永住権を取得することすら難しくなっているので、そういう意味ではラッキーでしたけど。)

永住権を申請する際に、連続でイギリスを離れてる期間が90日以上を超えると申請権を失効します。
(もちろん申請条件によるけど。)

集中的にしっかり治療しないと一生歩けなくなる
との診断を受けた重度の椎間板ヘルニアを患い
日本で治療していた期間が100日間。

これが一番の大問題で、その他もろもろ大変だった。

目の前が真っ暗になるって言葉あるよね?
僕の場合は灰色でした、真っ黒ってより。

肉体的に血圧が下がって気を失う寸前なんだろうけど、

物理的に起こったものでなく、

精神的に起こったものだから、

一生懸命理性と感性がせめぎあって、気を失わないまでも

真っ暗にならないまでも、灰色になったんだろうね。


そんなこんなで最終的にたどりついたスタートライン。
僕が‘本格的’に役者として活動し始め、
一番最初に行った大きなオーディションでした。
(残念ながら出演はしていません。)


改めて映画製作は順調にいくと早いんだなって。
オーディションは昨年の2月です。

撮影期間と編集期間と広報期間を含めて、
いわゆる(案件期間は抜いて)実働のプリプロダクションから公開まで1年と7ヶ月。

イメージとしては、早いけど、これが業界のスタンダードなのかどうかはわからない。

結局、この業界も景気に左右されるから、
ヒット確実・費用対効果率ハイな作品でないと
資金繰りが難しい景気は長々と続いているようだ。

映画はそのものは生ではないんだけど、「明確な意志を持って、ある場所へ行き、あることをする」ことによって生まれるコミットメントはある種の生に近いものを結果として経験できる。

その映画館で生を感じるのに、3DやIMAXや、その他もろもろの効果なんていらないことをまさに表現している作品で、F1レースの疾走感と緊張感に臨場感が経験として感じることができる。

物語は、みなさんが予想できる通り。ただ、そこへいたるテンポ、バランス、構成、配置、描写、それを生かすCGI、まさにある楽曲。監督の魔法のタクトによってオーケストラが指揮され、美しい音を奏でているようだった。

映画館で一見の価値ありです。映画館以外では、魔法は解けてしまうから。




次に、【Elysium(邦題:エリジウム)】

エリジウムポスター

【第9地区】で独自の世界感とフィルターをかけたようなおとぎ話感のあるCGIで有名なニール・ブロムカンプ監督作品。
同様に、世界にあるべき形をふんだんにメッセージとして語っています。物語の流れは、簡単に言うと一昔前の漫画『銃夢』に酷似しています。

ただ、それ以上に僕は、この映画を見て、おそらくこれは監督の意図では無いだろうけど、人間という生きものに対する絶望が頭の中に広がりました。映画、見てみて下さい。そして、あなたの意見を聞きたいです、ハイ。素直にほんと。。。




それから、ちょっと趣をかえて【2 Guns(邦題:2ガンズ)】

2 guns_poster


コメディータッチで描いた犯罪物映画。

マーク・ウォールバーグとデンゼル・ワシントンの掛け合いがたまりません。

ちょっと専門的な表現になるかもしんないけど、キャラクターと役者がとりもちでくっついているみたいで、どれだけ広げようが、どれだけ狭めようがしっかりとくっついてる。でまたこのとりもちがよーく伸びるし、透明だからあんまり見えない。


僕の大好きな役者さん勝村政信さんがおっしゃっている。


「役作りとはオプションをつくることだ」


もちを一生懸命こねて、できるだけ薄く伸ばせるようにして、さらに手をかけて透明に近づくように丹誠込めてこしらえ、それにどうやってとりもちのような粘着性をつけて、自分とキャラクターにくっつけるのか、シルクのようなとりもちをこしらえる作業。これは、やっぱり僕らにしかわかんないかもしんない。

よく、一般の方々が、役者の上手い、下手を述べる。

でも多くの人が、「上手い下手」と「好き嫌い」または「心に響いた、いない」を感違いしている。

もちろん、「すごい、すごくない」はわかります。

残念ながら、役者が「上手いか下手」かは役者同士にしかわかりません。

スポーツ選手が本当の意味で優れているかはその筋の人達にしかわかりません。でしょ。

もちろん、批評家、評論家は抜きにして下さい。
彼らはまた別次元のところで我々を批評してくれています。

とはいえ、僕たちはファンの皆さんや作品を見て下さっている方々のおかげで存在します。正直なところここは本当に難しいバランスです。ただ、「いいものはいい。」それは事実だと思います。




お次で、最後は【The World's End(邦題:ザ・ワールズ・エンド】

Theworldsendposter


日本ではあまりお馴染みではないかもしれないけど、イギリスでは大好評なサイモン・ペッグとエドガー・ライト監督がタッグを組んだ爽快コメディー。

とはいえ、設定はいつもぶっ飛んでいる。僕も何度かしたことがあるし、面白くて好きな飲み方、日本で言う梯子酒。でも日本の場合は数件でしょ。

イギリスのパブは立ち飲みが普通なので、1件のパブにつき、1パイント(568ml)を飲み干し、次へ次へ進んで行く。これをこっちではパブ・クローリングといいます(豆知識ね)。


しばらく前に、それの電車バージョンをやりました。

日本で言うところの「中央線のある駅から一駅毎に降り、駅から一番近くにあるパブで一杯飲んでからすぐにまた電車に乗り次の駅へ」ということを繰り返す。

みんなのペースにあわせて飲んでかないと、置いてけぼりをくらうかんね。そうやって限界を迎えた人はさりげなく消えて行く(本当はそうじゃなくて最後まで行くんだけど、もうみんな大人だかんね。)。

結局最終的には10駅分たどり着かなかったんじゃないかな。終電がなくなって。

やっぱり、パブを重ねる毎にペースが遅くなるし、脱落者が出だす。

もちろん、最終的には脱落者の面倒はみる。なんで、そうやって1件にかかる時間が長くなっちって、終電か閉店で終了する事が多い。だから本来は昼間から始めるもんなんだいね。

・・・っていう映画です。
それに出演者がたまんないイギリスを代表するコメディーでコミカルな演者達。日本で公開されたら笑いに行って下さいな。


新しい映画を見るたびにちゃんと一つの映画で一つの映画草子、んで、あんまり長くなりすぎないようにって一応、自分で掲げたハードルを守ろうとはしてるんだけど、最近、自分の中でブログの位置づけが曖昧になって来ています。

見てくれている人が1日でも「0」の日があったらやめようと思ってましたが、なんだかんだで続けてます。


もう7年近く続けているブログ。小さいとき、鍵付きの日記を何冊か「今回こそは」を条件に買ってもらって喜んでいた僕は典型的な三日坊主でした。

それが、どうやって毎日一口日記を付けたり、手帳を常に持ち歩いてメモをとるような人間になったんでしょうか。




「三つ子の魂百まで。」




脱皮していない人間は自分で想像し、記憶する自分と、実際の自分に大きな差があり、気づいてはいるものの、認める事ができず、自分で想像し、記憶する自分を実際の自分の上塗りし、日々の生活の中ですきあらば、他人に自分の自分像を刷り込もうとすることに躍起になる。しかし、これは多かれ少なかれ、誰にでもあるもので、ここから脱皮するのはかなり大変な作業を伴う。



「三つ子の魂百まで。」



生まれたままの人は、本当はそんなことはしない。


へその緒が切られた瞬間、「そこに、あなたは、いた。」


あなたの「三つ子の魂」は、今どこをさまよっていますか。


ちゃんと捕まえて、そっと自分の中にしまってあげて、決して嫌わないで。



今月の初めにイタリアに旅行へ行った。


北の国境線がアルプス山脈であるイタリア北部は盆地になっている事と山脈の影響で、ヨーロッパには珍しく日本のように湿気が多い。


空港から車で疾走するのその景色には見慣れた畑の風景がアルプスの山々を背景にゆっくりと流れる。



「唯一、盆地の北イタリアでほとんどの野菜は作られてるんだ。」



僕の友達は、眩しい日差しから目を守るためにサングラスをかけながら言った。


イギリスで最大の湖、ガルダ湖。アルプスからの恵みと湿度で少しかすんだ小石の湖岸には、海岸のように波が押し寄せては引く。その波間には、白鳥やアヒルや鴨が似つかわず浮かんでいる。


つまんでいるポテトを狙っているのは雀だ。


ただ、どの鳥も少しだけ、僕の知っているそれと、色合いや大きさだけでなく、気品が違う。



イタリアでは食後にサラダを食べる。食物繊維は消化を助けるからだ。

フランスでは食前にサラダを食べる、そうだ。食物繊維は食事の量を押さえてくれるからだ。




僕は、4人兄妹だ。

歳の離れた一番下の弟は、親戚、両親、思春期まっただ中の僕ら3人兄妹、さらにその友達、そこから広がり多くの人たちから可愛がられて、愛されて育った。




一般の人たちよりも単純に数字では人一倍多くの人に愛され育ったのかもしれない。






高校生活最後の誕生日、彼は高校の同じ学年の同級生全員から驚くような祝いを受けた。

そんな祝いを受けた人を今まで見た事も聞いた事も無い。







「三つ子の魂百まで。」







だからおそらく僕は、ブログを書く。


僕たちは、いつまでも、どこまでも、自分という宇宙の中で、

一生を生き続ける。

一生が無限の可能性を秘めているのは、

その宇宙が、空にちりばめられた星々を輝かせているあの宇宙と、

ただ、そこに、ある、宇宙と

繋がっているからだ。


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