Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

Breaking the bank台本


お久しぶりです。葦沢リオです。みなさんお元気ですか?

結局、今年の冬(今年っていうのか?去年の12月から今年の2月ね)、ロンドンでは雪が降りませんでした。僕の知っている限り。数年前に4月に雪が降ったことがあったけど、さすがに4月の上旬だったので、もう今年はないと思う。

たかだか、雪って思うかもしれないけれど、ふと自分の中で何かがうまく回っていない時には、「そっか、この冬、雪が降らなかったからな。」と思うことで色んな物事が腑に落ちる。

イギリスは緯度が高い割には一応の四季がある。僕は一年中ずーっと真冬のように寒かったり、ずーっと常夏のように暑い国には住めない。いや、住みたくない。朝昼晩がない一日を過ごすようなものだ。肉体的にも精神的にも四季が僕に及ぼすプラス効果は多大である。イギリスのように、それがかすかな変化であったとしても。


そんなこんなで4月ギリギリセーフのブログ更新。スポンサー広告がでると焦ります、書かないとって。
4月は日本から来ていた知人と会ったり、新たな出会いが会ったり、慌ただしくしていました。


とくに「公」で気持ち忙しかったのが映画の撮影です。

現在撮影が終了し、ポストプロダクションに入っている映画『ブレイキング・ザ・バンク(原題)』の撮影です。ハリウッド作品ではありませんが、イギリスプロダクションの長編映画。主演は、【そりゃないぜ!?フレイジャー】で有名なケルシー・グラマー

僕のキャラクターはとても小さいですが、こういう作品に出演するのは、初めてなので色んな経験をさせてもらい、スタッフ、共演者たち、みんなとても良い人ばかりで楽しい時間を過ごせました。公開は早ければ年内に。日本で公開されるのはいつになるでしょうね。


恒例の打ち上げパーティーでは、ちょっとだけ作品を見る事もできて、贅沢な時間を過ごしたわけです。ガブガブ飲んだしね。打ち上げはやっぱり打上るので、楽しいんですよ。それにちゃんとメリハリがつく「終わった」んだって。


そして、みんなと別れる時に、「じゃぁ、またメールするね!」「Facebookでみつけるよ!」なんて言いながら、別れた。役者によっては、アメリカから来ていたり、フランスから来ていたり。


でも、「またな」ってノリで別れた。
また仕事できれば良いねって。

確かにこの業種はいつどこで、再会するかわからない。
ご一緒させて頂いた伊川東吾さんは、今回の映画で、ある黒人のスタッフをどこかで見た事があると思ったら、彼女は以前出演したことのある学生の卒業制作の映画現場にいたスタッフだったというのを思い出したと言ってらっしゃいました。それも、20年以上も前。20年ぶりの再会なわけです。


もちろん、そういう予想もしていなかった驚くような再会が、僕らの業界ではあったりします。広いようで狭いから。まぁもちろんそれは、どんな業界でも一緒なんだと思うけれど。


でも、実際そのまま、別れ一生会う事のない人だっているはずだ。


いわゆる「死」をのぞくと、今の世からは「今生の別れ」というものはなってしまったから、いろんな節が曖昧になってしまう。昔はフィジカルな死以外にも、距離というものが今生の別れになっていた分、節がしっかりしていた。

サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の中でこんな言葉がある。



悲しい別れでも、いやな別れでも、そんなことはどうだっていいんだ。どこかを去ってゆくときは、いま自分は去って行くんだってことをはっきりと意識して去りたいんだな。そうでなきゃますますいやな感じがするんだよ。



もちろん、これは今生の別れに直接的に関わる感情ではないけれど、この「ますますいやな感じがする」というのは、節がしっかりしているからこそ、そこにある感情だと思う。それがベースになってちゃんと、いろんなものが腑に落ちるんだと思う。




最近は、節が失われつつある。



今年の冬に雪が降らなかったように。






映画の草子、徒然と・・・。

【The Zero Theorem(原題:ゼロの定理)】

久しぶりのテリーギリアム監督の作品。

僕はパルナソスぶりに観たテリーギリアム作品ですが、相変わらず世界観がいいなぁ。直訳すると「ゼロの定理:ブラックホールとしての宇宙のゆくすえは、結局のところ人生に意味なんて無いことを指し示す」ことを証明する定理を、人生の意味を明らかにしてくれる電話一本を待ち続けながら証明しようとしている男の話。ね?相変わらずの世界観でしょ?










【The Double】

僕はジェシー・アイゼンバーグが出ている作品は本作以外は【グランド・イリュージョン】しか知りません。あの有名な【ソーシャルネットワーク】は見てないんです。より好みはダメなんだけど、何となく気が進まなくて。面白い演技をするなぁと関心しながら見させてもらいました。

テリーギリアムまでとは言いませんが、独特の世界観に日本の古い歌謡曲を交えてなんとも不思議な空気感をつくっています。リチャード・アイオアディ監督の次回作が楽しみですね。










【Locke】

近年稀に見る素晴らしい映画でした。正直なところ、ここ数年みた映画の中で群を抜く面白さでした。ネタバレはしたくないので、あまり多くはかたりませんが、トム・ハーディーの演技に本当に脱帽です。スティーブン・ナイトという監督さんを今まで僕は知らなかったのですが、素晴らしいの一言につきます。

昨今のエンターテイメントになれているお客さんがこういった映画をどう思うのか、とても気になります。偉そうなことは言いたくないですが、映画も食べ物と同じように、美味しいものと本当に良くて美味しいものは違います。

例えば、味が濃くてしっかりしているけど、添加物いっぱいの料理と、味は薄いけど洗練された食材をつかった料理。味の好みは善し悪しても、確実に「良い」「悪い」というものは存在します。

もちろん、映画にもそう。そして、これは正直なところ、一般の方々には見えなかったりもします、それは単純にこちら側にいないからです。しょうがないことだし、さして映画を楽しむのに何のマイナスもありません。

ただ、この映画は本当にいい。

みなさんがこの味をどのように思うのかとても気になります。










節はいろんな形になりうる。

ひとによっては、それが一年のはじまりであったり、

ひとによっては、それが誕生日であったり、

ひとによっては、それが人とのであいであったり、

ひとによっては、それが一日の終わりの祈りであったり、

ひとによっては、それが服を着替える瞬間であったり、


何でもかまわない、でも、この放っておけばどこまで流されてしまっているかわからないこの世界と今の時代に、自分の好きな形でちゃんと「節」をもっていることはとても大切だ。



【Locke】の映画の中で主人公のアイヴァン・ロックは、自分のロックという姓は今までの行いから呪われた姓で、だれかがこれを正さないといけない、それは自分自身であるということをしきりに自身に問いかける。

何を失ったとしても、自分が決めた正しいと思うことを行う。

それが人が自分自身で引き寄せる「節」であり、「意志」と呼ばれるものです。




こういう手段でみなさんに、「僕が元気でやってるよ。元気でやってけよ。」と伝えることも含めて。




しつこいようだけど、今年の冬は雪が降らなかったことが僕にとってはとても大きなことだけど。





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