Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

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無意識がもたらした予期せぬ感覚

ギリギリ間に合いました。まだイギリス時間では2月です。

ながらくご無沙汰してしまいました。

このブログを初めた当初は「1日に1度ブログを更新する」が目標でした。それから、「3日に1度はブログを更新する」になり、1週間に1度を経て、今は「1ヶ月に1度」に落ち着いています。8年という年月はそんなもんでしょう。

前回のブログから今回までの間に、アカデミー賞があり、BAFTA(イギリス版)がありました。

【バードマンあるいは(無知のもたらす予期せぬ奇跡)】が作品賞を受賞したのがとても驚きでした。

2回も劇場に通ったくらい個人的にはとても面白い映画でしたが、アカデミー賞を取るタイプの映画ではないと思ったので。マイケル・キートンに主演男優賞を撮って欲しかったなぁ。そっちの方がある種、政治的にむずかしいのかもしんない。

【ボーイフッド】はここでも話したけれど、大好きなリチャード・リンクレーター監督のエピックな作品。12年間かけて一つの作品をつくるというメンタリティーに、全身が痺れます、文字通り。ほぼ毎年撮影と編集とを繰り返す、その度に、どっぶん。と潜るわけだから、深く。

僕も同じとはいいませんが、一つの役を2年ほどオン・オフのバランスをとりながら演じさせてもらったので、100分の1、いや1000分の1かな、ちーーっとだけは気持ちがわかる気がします。


そういえば、マイケル・キートンといえば、【ビートルジュース】もそうだけど、やっぱり【バットマン】だもんね。クリスチャン・ベールのダークナイトも素晴らしいですが、やっぱりマイケル・キートンのバットマンも良い。その彼がバードマンっていうのも良いキャスティングだなぁ。

日本での公開は4月10日だそうです。是非、劇場に足を運んでください。
役者冥利につきる作品です。








伏見稲荷を背景に新年の挨拶でも伝えた通り、今年の正月は5年ぶりに日本でした。


僕は年末年始をイギリスで過ごすのは結構好きです。クリスマスのなんともいえない雰囲気はとても良いし、外は寒くて、どんよりして、日照時間が異様に短いから、家の中でほっくりしながら窓の外を眺め、熱々の紅茶の湯気を拭きながら、まったり本でも読む。なんとも言えない穏やかな時間を過ごせる。

さらに暖炉があったりして、窓から湖とか川がみれて、深々と雪が降っているともっといいんだろうけど、贅沢はいえない。

水辺ってのは不思議で、いや、怪我なんかしちゃったりもするけどさ、自分の立っている位置を無理矢理あてつけられるように、認識させられる。

家から歩いて数十秒のところにテムズ川があるんだけど、この川はテムズバリアという制御装置で川の流れをコントロールするところで水量のバランスをとっているから、とてもタイダルで、干潮と満潮の差が数メートルになる。

ただ、干潮だと、底が少し見えてしまうところがあるし、でも同時に川の中央の底は絶対見えないから、ミステリーが膨らむけれど、やっぱり水量が少ない川を見ると何故か胸が少し締め付けられる。

小さい頃から、近所にため池がたくさんあったりしたし、海にもよく行ったし、釣りも好きだし、水泳もやってた。

別にだからと言って水が好きだってわけではないんだけど、まだ海洋生物学者になることが夢の一つだったときは、「小さな南国の島の砂浜近辺に住んで、背びれにタグをつけて研究しているイルカからレーダーで合図が入ったら、小さなボートで沖に向かう」なーんてことを夢みていた程度だ。

川はまた、海と違って、そこまで懐の広さを感じさせない。その代わりに意志を持った巨大な生き物のように思える。

夜、川沿いを歩いていると、ちょうど向こう岸には高級住宅街で昔ながらのイギリスの豪華絢爛アパートメント(日本で言うところのマンション)が並んでいるのが見える。そのそばに大きな宮殿というか神殿のような建物がまぶしいくらいの光を放ちながら、そこにある。

僕とその建物を分かつ川は、僕のわからない周波数で何かを話しかけてくる時がある。

そういうときは立ち止まって耳を傾けてみるけど、結局はあまり何を言っているかわからない。

以前、一度その向こう岸の辺りを散歩していて遠くから見えたその建物に興味があったから、入ってみようとすると

「ここはプライベートな敷地なので入ることはできません。」

そう言われ、敷地にすら足を踏み入れることができなかった。

冬のイギリスは夕方の5時で真っ暗だから、ほぼ毎日のようにそれを僕は見ているんだけど、まるでジェイ・ギャッツビーが、いつかデイジーが訪れてくれることを祈って、毎晩のように開いていた豪華絢爛なパーティーを思い出す。

とはいえ、僕の立場はデイジーともジェイともまったく違うわけだし、二人は違う形で会えることになるけど、僕はそれを望んでいるのかどうかも、まだわからない。僕は、ジェイとデイジーよりもかなり歳上であるにもかかわらず。


今回の日本滞在は、たくさんの人に会うことができた。老いも若きも男も女も、おかげさまで忙しい時間をさいて大阪まで会いに来てくれた友達もいた。

日本のお正月もとても独特の雰囲気でカラフルすぎて目がチカチカしそうなお正月特番を見ながら、金箔の入った日本酒を飲む。おせち料理をちょっとずつ食べて、お腹をふくらます。みんなで笑って、みんなで食べて。

窓から外を眺める暇なんてありゃしない。

寒さは変わらないけれど、眺めたところで窓は曇って外なんてみれりゃしない。それくらい、部屋の中は、本当に、あたたかいのだ。

普段よりも長い期間日本に滞在していたので、1週間ほど西日本を旅行することもできた。
たとえば、スキーやスノボで4泊の旅行したことはあったりしたけれど、国内旅行で1週間というのは初めての経験だった。


岡山でカキオコ、島根で出雲そばと宍道湖のシジミやシラス、100坪もある露天風呂で手ぬぐいを畳んで頭の上に置いて、福岡で明太子、長崎で卓袱料理・・・食べたかったなぁ、軍艦島の航海でちょっと酔って、そこからギュイイーンと東に向かい、念願の福井恐竜博物館へ。


怒涛の1週間を過ごした。道中、熱も出しちゃったし。


土地ごとに、今まで食べたことがないような食材や料理方法があったり、お酒や焼酎があったり、日本はこんなに「食」というものを楽しむことができるんだということ再認識した。ヨーロッパの色んな国にいくと、もちろんそこにはご当地というべき食材と食事はあったりするんだけど、やっぱり日本は特殊なんじゃないかな。


日本人が一般的に食に「本当に」興味があるんだと思う。


そんな日本食と食材は身体に染みていくようにじんわりじんわりと身体全体に広がり、4キロという形になって、お腹周りから「おっす!」と顔を出した。でも、「チュミミーン」じゃなくてほっとした。


今回の旅の一番の目的は、【All That Remains】という映画の永井隆さん役で間接的にお世話になった長崎に行ってみることだった。本来であれば、役柄を演じている時に訪れたい場所ではあったのだけれど。

九州大陸に一度も上陸したことのなかった僕にとっては、とても大切な旅立った。それに、明太子もあるし。

時々「最後の晩餐」を食べるとして、3コース何を選ぶかなんて話をする。

僕はいつもいう。

「3コースもいらない。白飯と味噌汁と明太子とタラコをお腹いっぱい食べたい」って。

だいたいみんなの顔に「?」が浮かぶ。
フィッシュ&チップスはタラだけど、タラコは基本的には食べないから。


かもめに揺られ博多から長崎に向かう景色はもちろん一度も見たことはなかったけれど、右手の窓から見える山々、左手に見える海、撮影している時に想像している景色とさして違いはなかったのにすごく驚いた。


念願の永井隆記念館に着き、まず最初に目に入ってきた如己堂。
身体から湧き上がるいろんな感情を期待していたのにもかかわらず、ちょうど、ぴったり余剰もあまりのこさないままストンと凹凸がはまるように、収まってしまった。

不思議な感覚だった。

そして記念館内で、永井さんが残したたくさんのスケッチの中に、負傷兵を二人組の兵士が担架で運ぶスケッチがあった。それを見た瞬間に僕の身体に何かが走った、厳密に言うと頰を少し強い力で下に撫で下ろすような感覚だ。

映画の撮影中、戦地でのシーンを撮影中に、監督から鉛筆とノート渡された。

「このシーンは絵を描いているシーンから始めよう。」

「おっけー、わかった。」

そう言いながら、スタンドインの状態で、スタッフさんが細かい調整している間に、自分で絵を書いていた。もちろん想像の絵だ。そして、下手くそだ。しばらくすると監督がきた。

チラッと僕の絵を見た後、言った。

「オッケー、この絵をつかうから」

そう言って、「ちゃんとした」絵を渡された。


ちょっと、ホッとした。



その絵に差し替えて撮影を開始したのだけれど、僕が自分で書いていた絵は、まさに負傷兵を二人組の衛士が担架で運ぶ絵だった。


繰り返していわせてもらうが、永井さんのものをは比べものにならないくらい下手くそだけど。


そこで、博多から長崎までの道中での感覚が集約するように僕の中に集まってきた。


「そっか。」


そして、あらためて、役者という職業が僕にとって何を意味するのかが、今までよりもう少し明確になった。


今回の日本滞在は、一番清々しかったような気がする。


言葉で表現するのは難しいんだけれど、どうしてもイギリスに住んでいることを無意識のうちに肩に背負って日本を見ることが多くなってしまうんだけど、日本を故郷として、イギリスを「ただ、今、自分が住んでいる場所」として、ちゃんと整理できた帰国だったような気がする。

そこが明確になっていないと、主観的なあまり意味のない独りよがりの評価を、日本とイギリスに与えてしまうから。

それは本当の僕が望むところではない。



9年間のイギリス生活で日本に「ちゃんと」帰ったのは3回。
その中では一番良かった帰国かもしれない。


日本にいる間にはあまり考える時間はなく、時間があっという間に過ぎていくけれど、そこで過ごした時間と、出会った人と話したこと、何を話したか、何を笑ったか、あんまり覚えてなかったとしても無意識にちゃんと自分の中ではポケットに収まっていて、それは、気がつかないところでじんわりにじみ出てくる。

まるでカバンの中で蓋の緩んだペットボトルから徐々に水が漏れていたかのように。

特にイギリスに戻ってきてから、時差ぼけにはならない僕だけど、日本で「あてられた」感覚は、ジーンと身体の奥底に響いていて、まっすぐ立つことが難しい時間を過ごした。いや、過ごすんだな、毎回日本から帰ってくると。

いわゆるホリデーとはまったく別の感覚だ。ホリデーはサウナのようだ。じっくりゆっくり時間を過ごして、しっかり汗を流し、上がってから美味しいビールをいただく。底抜けのリフレッシュだ。

日本への帰国は、熱い湯船に肩までつかり、のぼせてしまった身体から水分を丁寧に拭き取り、部屋で大の字になって天井を見上げる。そこで寝てしまうと体調を崩してしまうから、身体に耳を傾け、ゆっくりと深呼吸をする。
数時間は逆に身体が重かったりする。



先日読んだ本で臨床心理学士がいっていた。

想像力を仕事にする人間は、夢をみない。

僕は基本的に夢をみない。

見る夢は大抵空を飛んでいる、または飛ぶ瞬間だ。全身にビリビリと力が浸透し、それを同心円状に広げていくと少しずつ身体が宙に浮く。吐き出し続けることで空を飛ぶことができるから長時間飛ぶのは難しいし、高さやスピードをキープするのは難しい。それを一生懸命、時には当たり前のようにできている夢だ。


日本から帰ってきてしばらくはよく夢をみた。


彼のいうセオリーなら僕にとってそれはよくないことなのかもしれない。
ただ、それはそれだ。

想像力を使うのには体力がいるから、それがいつもより欠落しているのはわかっていた。最近はようやく、もどってきたのだろう。夢をみなくなった。

日本から帰ってきて約6週間が経った。日本には3週間いた。おそらく、倍の時間がかかるんだろう。
もしくは、流れる時間が違うのかもしれない、ここと、そこでは。一般的な意味ではなく主観的に。

こことそこの狭間に僕だけの部屋があるのだ。

精神と時の部屋よーく似た部屋が。

そして、毎回の日本帰国で、部屋の中に新しい家具が増えていくんだ、幸いなことに。


みなさん、日本で貴重な時間を割いてくれてありがとうございます。

本当にあえて良かった。楽しい時間を過ごせて良かった。

感謝しています。


僕は元気でやってるよ、みんなも元気でやってけよ。


おいしいなぁー

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