Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

グラス

早いもので、前回のブログを書いてからもう1ヶ月が経とうとしている。

僕はいつも新しいブログを書くときには前回のものを読み返す(参考までに)。完結したはずの前回の投稿の余韻に引っ張られないように、できるだけ務めるけれど、今回はそうはいかなさそうなので、趣向を変えてみようと思う。

懺悔や祈りや切望や感謝、労いなど、よくある六角形グラフ(今調べてみてしったけど、レーダーチャートというらしい)の右下の一つが完全にかけてしまっているようなそんな僕の一ヶ月を順に、個人的主観で話してみたい。


10月の上旬に一年ほど造上げてきた劇団の初公演を行った(観劇いただいた皆様、ありがとうございました)。この劇団には僕は複雑な思いがたくさんあった。初めての異国での劇団、それもとても多国籍な劇団だ。これは僕が望むところでもあった。ロンドンだからこそ、実現する劇団のスタイル。

ただ、それが実質的に機能するには自分がつぎ込みたいたくさんの努力と、そうでもないけれど、必要とされるたくさんの努力をうまく混ぜ合わせなければいけない。ベスパのガソリンのように、誰かから知り得た情報で、この液体とあの液体を混ぜればちゃんと機能するなんてレシピはない。

その混ぜ具合によって、前進するにしろ、後退するにしろ、動く距離は変わってくる。大切なことはそこにとどまりどこにも動かくなってはいけないことだ。
熱帯魚を飼うことに傾倒していた高校時代に、生物の先生にたまたま、水槽の掃除がどれだけ面倒臭いかを説明したときに、受けた返事がこうだ。

「あら、生態系をしっかりととのえて、きちんとした水の流れがあれば、水槽は掃除しなくても大丈夫なのよ。」


そういう意味で僕らはしっかり動いていた ー 循環していた。


恋愛の「れ」の字も知らない子供の頃から今でも、一つだけ恋愛を語るときに(そんな場があればの話だが)、ずっと思っていることがある。恋愛対象に対する愛情だったり、性欲だったり、友情だったり、許容だったり、謝罪だったり、自分という人間を形つくる色んな想いが自分というグラスにエネルギーとして並々とある。対象に対する言葉や行動に代表される行為とは、そのエネルギーを少しずつグラスから相手のグラスに移す、または、どこかに流す行為で、失われてしまったエネルギーを、自分なりの手段で自分のグラスへ戻さなければならない。

自分のグラスにエネルギーを戻せなくなり、そのエネルギーがグラスから失われてしまい枯渇した状態になると、人は自然にその想いを失う。空っぽになった、グラスに一生懸命吹き込んだ息の白さだけが、時間をかけて消えて行き、そこにはもう何もないことを確実に教えてくれる。

そこに至るまで、愛は続くのだと。そして、そのグラスを体育すわりでじっくりと眺める孤独な時間と、辛抱は身につけるにこしたことはないのだと。脳で考える愛の方向性は、実際に自分を正しい方向へ導かないことが多い。いつもそのグラスの状態が正しいのだと。


これは、もちろん恋愛以外にも通じるのだということに目を向けさせられた。以前から視界には入っていたのだけれど、無理やり後ろの暗闇から薬指のない長い右手が伸びてきて、小指と親指で僕の両耳を覆い、無理やり僕の顔を右に向かせる、そして細長い骨ばった中指で右目の瞼を、人差し指で左目の瞼をしっかりと開けさせる。

僕はしっかりと見させられた。

そんな中でも、本番の日程が決まったことで、僕はもう一度自分のグラスを浸すことができた。稽古を積み、本番を迎えた。思っていたよりもしっかりとしていた簡易劇場で、音響や照明によって、シーンもシェイプされ、本番という不思議な空気により作品も、それが独り立ちする感覚があった。


ただ、作品が終わった後、僕のグラスは、誰かの吐いた息で曇っていた。


これが意味することは一つしかない。


そして僕は自分自身の六角形グラフの右下がまったく欠けていることを改めて気づかされることになった。しかし、グラフの右下は、僕が自分なりの手段で自分のグラスへエネルギーを戻す手段を確立するために、欠けていなければならない箇所であることにも同時に気がついた。

そうやってループのように日々、グラフの他の部分を削り、右下に追加できないか、できるかを悶々としてながら過ごしている中で、とあっという間に、オランダに住む友達の家へ遊びにいく頃合になった。

フライトの3日前にエージェントから電話があり、月曜日のオーディションの話が出た(フライトは土曜の朝で、月曜日に帰ってくる予定だった。)。僕は丁寧に、月曜日にロンドンに帰ってくるから、よほど遅い時間でないとオーディションに行くのは難しい旨を伝えた。

結局のところ、エージェントは交渉の末、5時前というかなり遅い(こちらではね。)時間帯にスロットを用意してくれた。感謝感謝。

フライトの2日前にエージェントからの再度電話があり、フライトの前日に別のオーディションにいった。今までいろんなオーディションに行ったが、椅子に座るだけで、まったく何もしないオーディションは初めてだった。モデルをしているときにもそんなことなんてなかった。

何もせずに立っているだけでも、僕ら(役者)は必ず何かしている。喋らないのは、喋らないから喋らないのだ。ただ、黙っているだけではないし、ただ立っていたり座っていたりするわけではない。人間、無意識に何か理由があって(理由がなくて)、そこにいることを選んでいる(選ばされている)のだ。


不思議な話だが、実際に何にもなかった。まるで、オーディション会場全体が僕のグラスで、周りには少しずつ消えかけている誰かが吐いた息が白く残っているだけのようだった。

僕は、会場を出てから、少しロンドン市内をぶらつき、結局ラーメン屋に入り、ラーメンを食べビールを飲んだ。会計の際に払う金額に少しひるんだが、まぁ、その分タバコはうまかった。

その後、予定通り僕は劇団員と会った。

僕はしっかりと自分の今の想いを劇団員に話した。そして、再出発することを約束したのだが、それが容易でないことは、未来の読めないぼくにも簡単にわかった。

翌日のフライトに乗るためには、朝の3時には起きないといけなかったのだが、劇団員と話が終わった頃には、時計は10時を回っていた。帰宅したのは11時半頃だ。どちらにせよ僕は、乗り物に乗ると赤子のように寝てしまうので、あまり気にしていなかったが、くれぐれも早く寝ておくように伝えたM氏がまだ起きていたことにはびっくりした。

だけど、家のドアを開けた瞬間、薄い眉毛をへの字に下げた彼女の表情を見て、僕の左手に、並々としているもう一つグラスが見えたような気がして、ホッとした。僕はやはりグラスは最大でも二つしかもてない。


右手のグラスは相変わらず、まだ白く曇っていた。


眠い目をこすり、バスを乗り継いて、空港に着いた後は、いつものように朝食を食べながら、ホリデー醍醐味のビールをのみ、飛行機をまった。飛行機の中での出来事はまったく覚えていない。オランダに到着したときには、トイレでまず顔を洗った。

空港では友達が迎えに来てくれていた。高校時代の友達で、ロンドンでの転勤を経て、今はオランダに住んでいる。前もってオランダでどこに行きたいかを聞かれていたけれど、僕がどうしても行きたかった場所は、ズンデルトという、ヴァン・ゴッホの出生地だった。

数年前に僕は、ヴィンセントとテオの墓があるオーベール・シュル・オワーズを訪ねている。これでコンプリートだ。


ロンドンに住んで、ある種西洋の建築になれ、いろんな民族に外見的にもなれていると、ロンドン外に出てもヨーロッパの場合、海外に来た感覚が鈍くなってしまう。鮮やかに海外にいる感覚を享受できなくなってしまっている僕の唯一の明確なチャネリングが、道路だ。イギリスは右側通行だけれど、他のヨーロッパ諸国は、左側通行だ。だから、友達が車で僕らを迎えに来てくれたことで、僕はすぐにチャネリングできた。そして、鮮やかにオランダを楽しむことができた。


僕は、古書を含め、ゴッホに関する本はほとんど読んでいたし、彼の絵はプリントでほとんどみたことがあったけれど、その一つも日本から引っ越す時にもってこなかった。理由はわからないけれど、でも彼の出身地のミュージアムに行ったおかげで、ゴッホ熱にまた火がついた。


お酒を飲むスタイルは、国によって違う。おそらく食文化のせいか、イギリスでお酒を飲むというのは、酔うことを目的としている人が多い。だから、あまりじっくり酒を飲みながら語り合う機会は、そういう席を意図してもうけない限りなかなかない。そういう風に飲むお酒は、ウイスキー以外はない。ワインもイギリスのものではないから。ウイスキーも厳密にいえば、スコットランドやアイルランドだ。


高校時代の友達とは、僕の望むゆっくりと、時には沈黙もあり、目線を下に落とし、ビール瓶のラベルをガリガリと意味もなく剥がそうとするチープな行為をよしとするそんな飲みになった。そうビールを飲んだだけでも。ズンデルトには、ズンデルトでしか作っていないビールがあった。それで十分だった。

近況をかいつまんで言葉で語り、言葉の奥に潜む、本当の意味は会話を交換することではなくその場所の空間を共有することで、交換する。後はそれに付随するくだらない話で盛り上がるのだ。その盛り上がりは、上部と下部で温度の違う空間で浮遊する綿毛のように真の意味を何度もそこに舞い上げ、失わせない。そういう会話だ。


翌日にはフェルメールの出身地デルフトに出かけ、キンデルダイクにあるザ・オランダの風車を見に行った。

見渡す限り広がる緑一面の高原に太く、浅く流れる川にいろんなデコレーションで飾られた風車が色んな方角に向かって立っている。風を受けている風車もあれば、そんなことをまったく気にしていない風車もある。風車各々が背負っている宿命とも言える役目は、自分の番が回ってこない限り、存在には関係していないのだ。ただ確実なことは、必ず自分の全うすべき役目を果たす機会は必ず与えらえる。それだけは確かだから、宿命として受け入れることができるのだろう。

擬人的な話だが、それも良い。だって僕とあの風車もそこに生えている草も、流れる川もビッグバンから生まれた同じ原子でできているだから。一説によると。


早めに外出を切り上げ帰宅した後に近くのスーパーに出かける。
彼のオススメのスペインワインと僕の目を引いたフランスワインに、見たこともない真緑のバジルチーズを買った。両方とも赤ワインだ。
次の日は月曜日で、彼も仕事があるし、僕もオーディションがあるが、それはあまり関係ない。今日は今日、明日は明日。今日生きた結果として明日がやってくるのだから、いいじゃないかと、右下の六角形グラフが欠落した僕らしい意見を彼に押し付ける。もちろん、言葉ではなく、共有する空間で。一生懸命綿毛を僕の息で吹きあげながら。


そうやってあっという間に、楽しい時間が過ぎた。最後にロンドンよりもかなり寒い外でタバコを吸っている時に彼が言った。

「出張でロンドンにはよく行くし、ほとんどが車だから、都合があえば、帰りに拾って週末を過ごして、また月曜日に帰ればいいんじゃないか。」

「それ最高だな。」


本当に最高だ。最高という言葉を、真の意味を真に乗せて使うことができる機会は本当に稀だ。久しぶりに僕はしっかりと言葉に意味を乗せることができた気がした。役者のクセに。


ロンドンに戻ってきてからは仮眠をとって、オーディションに向かった。時間帯が悪かったせいで、空港から自宅までのバスは普段の倍の時間がかかったが僕は、案の定、ずっと寝ていたので、あまり気にならなかった。そしてさらに仮眠をとったのだ。あきれたものだ。


機密主義の厳しいオーディションだった(おかげでここではオーディションの内容も話せないけれど)。数日後にリコールがあり、1回目のオーディションで、「こうやればよかった」と思ったことを実践できた。

さらに、数日後、仮押さえの連絡があった。撮影はバルセロナだ。いろんなことが2日間の間で起きた。ここでは諸事情により話せないけれど、脇汗や冷や汗が僕の意図とは反して流れてくるような、絶望的でありながらも、諦めと切望が絡んだリコール後の不思議な2日目の夜には僕はバルセロナに飛んでいた。これが今このブログを書いている4日前の話だ。

飛んで行って、コスチュームフィッティングがあって、撮影があって、飛んで帰ってきた。

ぐったりするような、4日間だった。バルセロナに行ったのは、2回目だったが、カナダとイタリアのハーフでロンドンで出会って仲良くなった友達が、今はバルセロナに住んでいるから、その友達にも二晩続けて会うことができた。

「そうか、なんだかんだで、うまくいってるんだろう。」

「お前もそうなんだろう。」

そうお互い確認しあった。あまり意味のない言葉で。

スペインはタパスという小皿でいろんなご飯を食べながらお酒を飲む習慣がある。まさに、僕ら日本人の居酒屋と同じスタイルだ。だから、ゆっくり話をすることができる、空間を通して。

その時も綿毛のように真の意味は舞っていた。小洒落た天井の高いレストランで。またビールだったけど。スペインに行ったのに、ワインを飲まないなんてどうかしていた。結局この旅では一切ワインを飲まなかった。


一緒に仕事をした役者は、「俺はワインは好きじゃないから」と言っていた。右手に10個くらいドーナツの入ったお洒落な小箱を手にしながら。

色んな形がある。



そうして僕は今日に至る。



今日はM氏と【Crimson Peak】というギレルモ・デル・トロ監督の作品を観た。相変わらずアナログレコードが真価を発揮する中音のような映像と演出を楽しんだ。

それから、近所のピザ屋で、僕はアンチョビのピザを、彼女はベジタリアンスペシャルをオーダーした。僕は自家製ビールを、彼女は自家製レモネードを。そのピザ屋の近所にはロンドンの僕の親友の一人が住んでいた。彼はもうそこには住んでいない。長い結婚生活が残念ながら、望まない形で終わってしまったからだ。

その結婚生活が終わる前から、彼は近くではあるが、別の場所に住んでいた。世界をしっかりと自分の目で見ようとしたのだけれど、ちゃんと孤独にならなかった。人は何もしないだけでは、流れに身を任せているだけではどうしてもダメな時がある。しっかりと、流れに争って、ちゃんと孤独にならないと、自分が本当にどう感じて、どうしたいのかが見えなくなってしまうことがある。それを彼は逃してしまった気がする。だから心配だ、と僕はM氏に言った。


彼女も僕のその意見に同意した。


それからもう一本僕らは映画を見た。【The Lobster】という映画だ。ヨルゴス・ランシモスという僕は知らなかった監督だが、独身になった人はあるホテルに送られ、45日以内にパートナーを見つけることができなかった場合、自分が希望していた動物に変えられてしまうという、サーリアルな近未来設定の作品だ。

非常に面白かった。昔見たヤン・シュヴァンクマイエルのコミュニズムを風刺する食事のショートフィルムを思い出すような作品だった。

イノセントに享受していた社会の基準を満たさず脱落し、更生施設に入り、そこにそぐわないため、アウトサイダーとなるが、結局そこにもルールがあり、そこからも逃げ出そうとして、行き着く先はイノセントに過ごしていた社会であり、自由という羽にしがみつきながらも自分が許容できる範囲にしばられた自由に落ち着く姿、その代償。


主人公の男もちゃんとグラスを持っていた。グラスから失われていく液体を自分の手段で、しっかりと満たしていた。
ただ、僕は、彼のグラスも誰かの息で白くなってしまったことに、彼は気がついたんだと思う。もちろん、これは僕の主観的な解釈だけれど。


今、ここまでこのブログを書いた僕は、少し深呼吸をしている。いつもみたいに深くではない。深い深呼吸は、今望まないスイッチが入ってしまう可能性がある。ブランデーを飲んで、喉を通るねっとりとした、それで少し熱い液体を胃に流し込んで、僕は自分を想像する。


左手に持っているグラスにはやっぱり並々と液体が入っている。そして僕は思う、満ち足りていると。


右手に持っているグラスは、もう空になっている。誰かの白い息も完全に消えてしまった。そこには、のっぺりとした透明の背が高いグラスがあるだけだ。


僕はもう一度考える。六角形グラフの右下が欠けていて本当に大丈夫なのか。そこが欠けていることが、僕にとって本当に良いことなのか。どれだけ深く考えても、記憶を刺激しない音楽の力を借りて胸を突き刺すようなバイオリンの音にできるだけ耳を傾けてみても、答えは浮かび上がってこない。足元を眺めてみて、僕の吹く息で綿毛のように浮かび上がらせることができるかを見てみたけれど、どうやらそもそもそこには、無かったようだ。



ただひとつ確かなことは、六角形グラフの右下が欠けていることで、僕の四肢はとても強靭であること、とくに僕の左足と右足は、筋骨隆々に動く力を内包している。視覚を失って聴覚が鋭くなるように。僕という個体は、右手のグラスと左手のグラスの液体を混ぜなくても、動くことができる。ベスパとは違うのだ。僕を含め誰もレシピは知らない。ただ、生物として享受している永久機動機関として、動く。前進なのか後退なのか、サイドステップなのかは結果が決めることであり、大切なことは動くこと、そして、大きな流れのなかで、循環することだ。


だから、今のところ、僕は迷わず右下が欠けていてもよしとする。




僕は、元気でやってるよ。




みんなも元気でやってけよ。




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