Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

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2016年の冬

ご無沙汰しました。葦沢リオです。

11月、12月、1月とブログを書けなかったので、ちゃんと登場するのは、4ヶ月弱ぶりになります。楽しみにしていて下さった奇特な素敵な皆さん、すみませんでした。

11月は、1年の中で一番好きな月です。

自分の誕生日が11月だというのはまず棚にあげて、これから踏ん張らなきゃいけない冬の直前のため張り詰めているようで、実感がまだわかない雰囲気、そして日本やその他の「ちゃんと」秋がある国だと、紅葉が美しい風景、さらに夜の時間が長くなってそれに慣れようと背筋が伸びる感覚。さらに言うと、自分の意識と知覚範囲が和魂(にぎみたま)から幸魂(さきみたま)まで広がっていくような気分にさせてくれます。

という理由で本当は一ヶ月を心から楽しみたいのですが、だいたいは体調を崩します。

しかも、酷く体調を崩すというよりも微妙に崩し、だいたいリカバーに時間がかかります。普段のパワーが100だとすると、60くらいが2週間ほど続いてしまうやつです。それが11月5日の誕生日を挟んで2週間ほど起こります。
今年も例外なく、前々回(10月26日)のブログを書いた後しばらくしてから体調を崩しました、相変わらずで。








それでもいつものパブでいつものように誕生日を祝ってもらった。
11月2日生まれの友達と合同で誕生日会をしたので結構たくさんの人が来てくれた。

それに、毎年書いているけど、11月5日はガイフォークス・デイといってイギリス各地で花火が派手に上がる日だ。毎年、このテムズ川沿いのパブで誕生日会を開いている。しばらく飲んで時間が来ると、川沿いに花火を観に行くというような会をここ数年続けている。

そして、ここ数年ともいつも万全な体調ではない。

友達からも札付きの底なし酒飲みと言われている僕もこの日だけはいっつも酔っ払うので、友達はみんな「きゃっきゃ」言って喜ぶ。

「1年に1回の誕生日はやっぱり気持ち良く酔っ払うんだな、さすがのリオでも!」ってみんなに言われる。

嬉しそうに笑ってる。

「お前の番だぜ!」って目が語ってる。

天邪鬼な僕はそこで言いたくなる。
だって、弱いって思われることが嫌なしょーもない見栄がバリバリに張ってくるじゃない。
「いやいや、違う。体調が悪いんだよ、毎年・・・」っていう言葉が、
前歯のうらくらいまで出てくるがしっかり歯を食いしばって、黙っておく。

私的事実と公的事実は、いつもいつも同じでなくて構わない。特にこういう時は。



その後CMの撮影があって、浮浪者役でロンドン東部の有名なマーケット、ブロードウェイマーケットでシケモクを吸いながら横たわってました。


んー、空が綺麗だったなぁ。11月にしては珍しく天気の良い日で、だけどとても寒くて。どちらかというと冬がちょっと顔を出したような天気で。

正々堂々と道路に寝っ転がって空を見上げることなんて、正直なかったから(遥か昔ベロベロに酔った時にそんなことがあったような気もしたけど、夜だったもんね。)清々しかった。


撮影は順調に進んだんだけど、僕は遠くの方からずっと視線を感じていた。

「知り合いかな。この格好だと気づかないかもしんないけどな。」なーんて思いながら僕も彼を見返した。

かろうじて、男性だとわかる。朝早かったし、コンタクトレンズが必要な類の撮影じゃないってわかっていたから、メガネもない裸眼の僕にはあまり遠くは見えない。

でもちょっとずつ近づいてきたことで、実体が露わになった。

はじめは自転車に乗っているのかと思ってたんだけど、どうやら四輪バイクだ。

バギーっていうのか、あれは。ハンドルの前に大きな籠があって、その籠の中には何が詰まっているのかわからないようなビニール袋が散乱している。
あまりイギリスでは見ることのない野球帽を被って(しかもマリナーズ)、パッチだらけの革ジャンを羽織り、完全に色の落ちきったジーパンをはいて、サングラスをかけ、サンタクロースのようなヒゲを蓄えている。

ゆっくりとバギーで近づいてくるが、そのまま僕ら撮影陣を通り過ぎていく。

おそらく、撮影の邪魔をしたくなかったから、ずっと待ってくれてんだろう。うん、良い人だ。

僕の印象では、日本では一般の人たちは、カメラが回っている最中に入り込んできたり、撮影現場を通り抜けようとしたりしない。

こちらの人の方があんまりそういうことに気を遣わないように思う。そりゃー、ちゃんと行政から許可をもらってその場所を押さえているとしたって、公道だもん。気持ちはわかるけど、場所をせき止めているスタッフさん達に、「なんで通ったらダメなんだ。」と喧嘩をふっかける人もいる。


そんな中でこのバギーのおじさんのような人は希少だ。


僕はバギーのおじさんをそのままずっと眺めていた。僕の寝転がっているダンボールの近くを通り過ぎる時に、微かにしかわからなかったがウインクをした。僕に向かって。でも、おじさんさ、サングラスしてるからほっとんどわかんないよ。


僕と同じようにバギーじいさんを眺めていた監督と助監督が相談を始めた。

「あの人、ユニークだね。」

「そうだな。出てくんないかな、CMに。」

「交渉してみればいいんじゃないか。」

「了解。」


助監督がバギーじいさんを追いかけていく。たちどまったバギーじいさんは、上手に方向転換して戻って来た。


助監督が一言

「交渉成立」

それからバギーじいさんは僕が寝転がるダンボールの前をバギーで行ったり来たりしていた。思いの外楽しそうだった。

バギーじいさんが一言僕に、「何の撮影だこれ。」

と聞いてきた。

僕は言った。

「コマーシャル。ドーナツの。」

「ドーナツの?なんだそりゃ!」

そう言ってまた、バギーじいさんはウインクした。
だから、見えないって。




それからしばらくして、ロンドン北部のエンジェルという場所のギャラリーで寺山修司作「毛皮のマリー(La Marie-Vison)」の朗読会に参加した。これは、White Conduitギャラリーの寺山修司展のイベントとして企画されたものだ。

Cocolocoという劇団の主催、トレバー・スチュアート(Trevor Stuart)さんがマリーを演じ、いつもお世話になっている僕の芸名の名付けの親でもある伊川東吾さんが、主要な役を演じ分け、僕は美少年を演じた。

ヒラリーウェストレイクという昔パリのディズニーランドでアーティスティックダイレクターだった演出家が、限られた時間の中で、『寺山修司の意図と「毛皮のマリー」の物語をどのように伝えることができるか』をベースに科白からシーンをピックアップし、演出した。


毛皮のマリー2


寺山修司にまつわるいろんな展示物や70年代にロンドンのリバーサイドスタジオで実際に「毛皮のマリー」が上演された際のアーティスティックダイレクターによるトークなど、かなり充実したイベントになった。


僕も朗読会(プレイリーティング)は初めてだったので、本番当日の数時間のリハーサルだけで、ここまでのクオリティーを、足を運んでくれたお客さんに見せることができたのは、嬉しかったし、さすがはヒラリーの演出だと感心した。

ストリートパフォーマンス集団を演出しているヒラリーだからこそのフレキシビリティーと発想だなと、脱帽のため息がでる。2013年に東京で大友良英さんやヒカシューの方々と音楽を交えた即興のインタラクティブパフォーマンス(お客さんを巻き込んで)『「男のかばん展」と【都会の遊牧民たち。】』の演出をヒラリーがしていた時も、同じようなため息が出たのを思い出した。

よく匂いは記憶を呼び起こすとはいうけど、吐く息でも何かがリンクすることがあるんだ。僕の口臭が記憶を繋げるキッカケになったとは思わないよ、だって芝居前にはしっかり歯を磨くから。


毛皮のマリー1


そんな「公」の撮影やパフォーマンスがあって、それから「私」では、クリスマスから年末年始にかけて母親と祖母がイギリスに遊びに来た。祖母の渡英は約50年ぶり、5泊くらいのヨーロッパ弾丸ツアーだったらしく、ロンドンでの滞在は大きな公園があったということくらいしか覚えていないらしかった。

祖母は84歳、クリスマスイブの夜は、朝の4時頃まで一緒に起きて飲んでいた。

どうりで僕も酒が好きなわけだ。10年ほど前に他界した祖父が入っていた。


「俺らの先祖は海賊だぞ、瀬戸内海の。」


んー、複雑な気分だ。

でも、海賊は飲むんだ。役者も飲むし。そういうところで繋がってるってことにしよう。


日本に帰ってもいつも忙しくしているから、母と祖母と毎日一緒にいる不思議でゆっくりとした時間を過ごした。もう、とても長い間二人を知っているはずなのに、新しい一面が見えたりと、人は本当に不思議だ、と思った。自分も含めて。




そして、あっという間に2015年の冬が終わり、2016年の冬になった。

「あっという間」とはいうけれど、今からたった2ヶ月前のことだ。もう記憶の彼方、数ヶ月過ぎてしまっているような実感がある。まぁ、いつも記憶と時間の流れはこんなもんなんだけど。


最近、とても良いニュースが入ってきた。

僕が直接的に関係のあることではないけれど、BAFTAs (イギリス版アカデミー賞)のライジングスター賞(新人賞かな)を「スターウォーズ、フォースの覚醒」でフィン役を演じていたジョン・ボイエガが受賞した。

別に面識があるわけじゃないけれど、素直に僕も嬉しかった。彼は、一緒の事務所の看板スターだ。

ただ、一緒の事務所ということになんの意味もない。日本の事務所での先輩後輩同期的な役者同士のつながりは基本的にない。


それを説明するためにこちらでいうところの事務所をちょっとだけ説明する必要があると思う。こちらでは事務所というのは、日本の芸能事務所とは体質がかなり違う。事務所に入るというよりも、事務所と代理人契約を結ぶ形になる。事務所(エイジェンシー)には、エージェント(代理人)がいる。エージェントは、幅広くサポートしてくれる。

エージェントは個人の場合もあるし、エイジェンシーに所属している場合もある。僕が契約しているのは厳密にいうとエイジェンシーだ。ただ僕は、エージェンシー内の僕のエージェントとコミュニケーションを取る。

基本的には、あらゆるコネクションを使って、僕にあった仕事を取ってきてくれる。仕事を取ってきてくれることもあるが、基本的にはオーディションに行く機会を探してきてくれる。僕が仕事を取ることができると、僕はエージェントにコミッションを払う。

つまり、僕が仕事を取れない限りは、エージェントに収入はない。そのためエージェントは多くのクライアント(役者)を抱えている。エージェントによっては50人から100人ほど抱えている人もいるらしい。僕のエージェントは20人も抱えていないと思う。

契約はあくまでも個人のもので、僕の役者としての方向性、またエージェントが思う僕の売り込み方を相談しながら、「葦沢リオ」という商品を作り上げていく。先日もかなり良いミーティングの機会を持つことができた。


役者は、基本的に自分でアカウントを雇ったり、パブリシスト、スタイリスト、カメラマンうんたらかんたら必要に応じて雇わなきゃいけない。事務所に所属すると事務所が色々面倒を見てくれるというようなことはない。それぞれの業種で専門化していて、その中で自分に合った人と付き合いを構築していく。役者はこちらでは、もう少し会社の自営業に近い。


今イギリスでは、業界の中で配役を決める際の白人や黒人、黄色人種など人種選びのバイアスに関してかなり大きな物議が交わされている。特に今年のアカデミー賞は「リリーホワイト」と呼ばれるほど、ノミネートされた役者たちが白人ばかりなので、業界の中で白人至上的な色合いに怒りを露わにしている業界人も少なくない。

「マルコムX」や「インサイドマン」で有名なスパイク・リー監督も今年のアカデミー賞をボイコットするようだ。

そんな中で僕のエージェンシーの代表、フェミ・オグンズも声を上げている人の一人だ。

「黒人役者、日本人役者ではなく、役者だけど、黒人のバックグラウンド、日本から来た役者」のようにアイデンティティーのあり方を業界に投げかけている。
そんな中でのジョン・ボイエガのスターウォーズ出演、新人賞の受賞は、彼にとって一つの形を証明したことになるだろう。それにBAFTAsで新人賞は唯一、一般人の投票によって受賞が決まるので尚更だ。


ジョン・ボイエガのスピーチは素晴らしかった。
簡潔で力があり、覇気に満ち溢れている。







2016年が始まってすでに2ヶ月が経とうとしている。2月というと、1年の6分の1だ。厳密に僕暦でいうと、11月5日から1年が始まるので、4ヶ月が経とうとする。1年の3分の1が終わろうとするということだ。恐ろしい。

僕は何かを書くことが好きだから、手書きの手帳を所持している。それも二つも。

一つは日々の予定やら雑念を書き付ける。もう一方は、僕の僕用の僕だけのバイブル的な役割を果たしている。

両方とも手帳だけど、役割が全然違うから、何て呼んだらいいんだろうと思いつつ、実際手帳の意味って何なんだろうと思い、ググってみた。


「手帳:いつも手もとに置いて、心覚えのためにさまざまの事柄を記入する小形の帳面。」


ふむ。なるほど、確かに僕が持っているこの二つともは手帳だ。

でもおそらく前者は日記予定手帳で、後者は葦沢リオ手帳って呼ぼう(ネタ帳ではないし)


カレンダーも予定もすべて手書きで日記予定手帳に書き込む。電子媒体で予定はつけない。ここ数年は、モールスキンのウィークリー手帳を愛用しているのだが、この手帳、左側に1週間の日付があって、右側はノートになっている。僕は自分から湧き出た雑念だったり、文句だったり、感動だったり、賞賛だったり、それから読んだ本の一節だったり、気になったどこかからの、誰かからの言葉だったりを、この右側のノート箇所に書き込む。で、時々自分を啓蒙するために読み返す。


一年が終わり、新しい一年が始まる1月に、去年の1年分の手帳(日記)を読み返す。そして、その中で僕の血肉になり得る可能性のある言葉たちを葦沢リオ手帳に書き写す。


この作業が結構時間がかかる。

でも、完了することでいわゆる一般の暦的に僕は新しい一年を迎えたことを実感する。

この行為は、良い意味で無駄に引きずってしまう過去とのリンクを断ち切る役割を果してくれる。特に仕事柄、精神の浮き沈みが激しいので、調子が悪いとすぐに過去の実績だったり、栄光(そんなのないけど)だったり、まぁ調子が良かった頃の自分に縋ってしまう弱さが簡単にふわっと出てくるのを防いでくれる。

今年に入ってからなんだかんだで色んなことに時間が取られてしまってまだ、日記予定手帳の2015年7月辺りをうろうろしている。

例年はたいてい1月中には終えてしまっている作業が今年は、2月にまで(しかももう終わりに近い)持ち越してしまっていることには、理由があるのだけれど、まぁ、この理由はあまりにも個人的なのでここでは省くことにするけれど、決してポジティブな理由ではない。

今は少しスピードをあげて、2月中にはなんとか終わらそうとしている。

まぁ、なんというか、いつも僕のブログを読んでくれている人はわかると思うだろうけど、僕はかなり色んなことが「あー」や「こー」でないといけない人間だ。(でも、そんなに頭かっちかちに硬くないよ。視野もせんまくないよ。頑固だけど)


端的にいうと僕は、非常に儀式的な人間だ。宗教的ではないけれど、とても儀式的だ。

いろんな自分ルールだったり、自分を自分として成立させるために儀式を必要とするややこしい人間だ。

僕は、M氏が拒否したとしても土下座で泣きながらお願いしても良いと断言できるくらい、お正月には御節を作ってもらっている。それも完璧に。

イギリス全土に住む日本人家庭を見渡したとしても、ここまでハイ・クオリティーで御節をお正月に用意している家は、葦沢家を除いてないと思う。

でもそれが僕にとって、非常に、大切な意味を持つ。

例えば、御節を食べるというは(もちろん美味しいんだけど!)ある種のメタファーで、僕は色んな外部からの刺激によって、自分の中のスイッチを押して電気をつけたり、そこいらに自分で用意している外部記憶装置を必要に応じて取り込むことで、電気の発光度をコントロールしたりする。

それから、一挙手一投足の中に散りばめられた儀式的行為の中に、自分を失わないようにするためのツールを隠しておいて、儀式を重んじる僕がそれをルーティンとして行ったら、「あら、不思議」、結果的に自分を啓蒙できたり、モチベートできたりすることができる。

これは、あらかじめ自分で用意している自分に対する仕掛けだ。それをわからないように隠しているので、必要な時にアン・エクスペクティッドな感じで役に立つ。

まぁ、そんなことを日常生活の中に色々散りばめて、自分がよく生きることができるように努めている。


なので、僕は(気持ち悪いくらい)儀式的な人間なのだ。


というのも、僕はただ自分がナチュラルボーン・レイジー(生まれてこのかた怠け者)ってことを痛いくらいわかってるからなんだけど。


これは、小さい頃から自分の見たいものを拾って、自分の聞きたいことを留めて、自分の感じたいものを集めて、自分の中に自分の世界を作ってそこで王様になって、そのまま無意識に生きていけば何とか社会の中で生きていけると思って、社会の中で目の当たりにしたものを、自分の世界と照らし合わせて混乱しながら、社会を侵略する王様になるんじゃなくて、社会と手を繋いで、平等に、丁寧に、均等に社会とそしてそれを包む「世界」と均衡を保ちながら生きて行くためには、僕にとって何が必要なのかを考えた末の手段としての通過儀礼として生み出したものだから。


そうやって、今年も丁寧に生きて生きたいと思っています。



僕は元気でやってるよ。



みんなも元気でやってけよ。




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