Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

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通路と扉

ご無沙汰してます。葦沢リオです。みなさんお元気ですか?

今日はイギリス版のゴールデンウィーク、Easter Bank holiday4連休の最終日です。ちなみにBank holiday (バンクホリデー)は祝日という意味です。さらに、ちょうど夏時間が始まり(日本との時差が8時間になります)、夜が8時くらいまで明るくなって少しだけど、気温もあがり一気に春がやってきた気がします。不思議なもので、冬物のコートを着ていても、気持ちはしっかり春。

昨日、【バットマンvsスーパーマン・ジャスティスの誕生】と【ハイ・ライズ】という映画を近所ショッピングセンターの映画館に観に行ったんだけど、ほとんどお店が閉まっていた。イースターは復活祭なので、宗教的にもクリスマスと同様大切な祝日。みんなきっちり休んでるんだなと、あんなに閑古鳥が鳴いているショッピングセンターは見たことがないので、驚いた。映画にも驚かされすぎたけど・・・。

ここ1ヶ月は、とっても忙しい2週間ほどを過ごしその後はなんというか、その忙しさの惰性の流れに身体をゆーっくりと押されていた。どこに行くのかは自分でもよくわからず。

3月は不思議な一月だ。なんか、どんどん特別な一月が増えて行っているような気もするけど、自分の好きな数字3を司る月、弥生。僕の人生の中で最も大切な出会いがあったのも、3月だったし。

今月、プレイリーディング(朗読会)に参加した。

タイフーン・フェスティバルという、イギリスで唯一の東アジア人演劇集団「Yellow Earth Thetare」が主催している朗読会のフェスティバルで古今東西のアジア人作家の作品を朗読会という形で発表するフェスティバルだ。場所もSoho TheatreとRich Mixという一等地。

僕はその中でアイルランド人作家Francis Turnlyさんの【Belonging】という作品と、日本人作家鈴木アツトさんの
【The Bite(邦題:青鬼)】に参加した。

前回の寺山修司の朗読会と同様、稽古期間はほとんどない。【Belonging】の顔合わせが水曜日にあり、【The Bite】の顔合わせが木曜日にあり、【Belonging】の本稽古と本番が金曜日、そして【The Bite】の本稽古と本番が土曜日というスケジュールだった。

この二作品の僕の役どころは、白人女性に憧れるしがない50代の親父と一方で人間に進化したイルカ・・・いい感じで被ってない。器用じゃない僕はやっぱり少し混乱はしたけれど、批評家からもまずまずの評価をもらい、つまるところまぁ、いい感じで終えることができた。

この作品二つを通してとても大切なことを再確認できたので本当に嬉しかった。再確認というと語弊があるかもしれない。僕の中では、革命的な新しい発見があったという表現の方が正しい。

もし、しっかりとした稽古期間があって、プロダクションも朗読会ではなく、舞台作品だったとしたらもしかしたらこの感覚は味わえなかったのかもしれないし、それとも久しぶりに劇場に立ったので(朗読会とはいえ、舞台装置はないものの、音響や照明はある)、自分の中での成長を再確認できたのか。または、根本的に何かから解放されたのかもしれない。

そんな言葉ではとても説明することが難しい、いや言葉にするととても陳腐になってしまう不思議な発見があった。この発見をするのに、一体全体僕は何年芝居をやってきたんだと思うくらい。まぁ、見つかってよかった。





その代わり僕は、帽子を無くした。




友達からは、『THE Hat』と呼ばれていた茶色のレザーハットだ。このブログでもFacebookでも何度も登場している帽子だ。この帽子のおかげで何度も、それも真剣に、ジョニーデップと間違われた。サインを求められたことも何度かあり、その度にうんざりさせられた。

名付けてさえいなかったけれど、とても大切な帽子だった。もともとは、妹夫婦がイタリアに旅行に行った時に買ってきてくれた帽子だ。もう15年ほど前になる。茶色をお願いしていたのだが、残念なことに僕のサイズがなく、妹の夫が茶色いレザーで、僕は黒いレザーの帽子をお土産としてもらった。茶色をトライしてみたけれど、やっぱりぶかぶかで、スナフキン状態になってしまう。

あきらめて、黒いレザーハットをかぶっていた。とても気にいっていた。

しばらく僕は黒いレザー帽子ばかり被っていたんだけど、妹の夫がもう茶色いレザーハットを被らないと言っていたので、有り難く頂戴した。
そして、時を同じくしてその頃から僕は長髪をキープすることが多くなった。今度は長髪だと黒いレザーハットは小さくてしっかりとか被れない。あたまの上にちょこんと乗っている感じになる。そして、茶色いレザーハットがぴったりになった。



飲みに行くと酔っ払った僕の友達たちは、順番に大体僕の帽子を被る。レザーの帽子だけに関わらず、なぜか僕の帽子を被る。そんなに被りたいなら自分で自分に似合う帽子を見つければ良いのに。とはいえ、ファッションとして帽子を被る友達は、あんまりいない。ていうか一人しかいない。

彼以外の友達はなんというか、酔っ払った状態のモメンタムを楽しむためのツールとして、帽子を被る。僕がそこに帽子を被って存在していることに意味があるのだろう。そして、僕はよくそんな友達の写真を陽気に撮っていた。

順繰りに僕の帽子がどんどん人のあたまからあたまへ渡っていく。フワフワしながら、まるで楽しく浮かんでいるように。僕もそれはまんざらでもなかったし、必ず最後には僕のあたまに戻ってきた。

クラブのような賑やかな場所では、赤の他人がいきなり僕の帽子をとってにやけながら被ったりすることも多々あった。そういう時は、すぐさまに返してもらうんだけど。


そんな風にイギリスに来てからの10年間、そしてそんな頻度が増したここ最近の5年間、どうやって帰ってきたかわからないような夜でも、風に飛ばされて道路で紙一重で車にひかれそうになっても、ちゃんと一緒に帰宅した。

今回もそうだと思った。ただ一緒に帰宅はしなかったけど、どこかでまた、一緒に帰ってこなかっただけで、必ず僕のあたまに戻ってくると思っていた。




でも、違った。




ちょうど精神のチューニングのために本やら漫画やらを貪るように読んでいた時だったので、プーアルに尻尾を切られて大猿化を止められたドラゴンボールの悟空が目覚めて「あ!尻尾がない。・・・まぁ、いっか」くらいのノリで軽くあしらってみようとした。ブルマの代わりにM氏に「あんた、ほんと軽いわね。」って言ってもらえるように。


まぁ、無理だ。


リトルフット(大切にしていたジッポね)と同様、旅立ったということでよしとしよう。今は比較的すっきりしてる。実際に、まぁいっかって思ってるし。


しょーがない。





ただ、それ以上に迷信的で儀式的な人間の僕は、この一連の出来事が、どこか遠くで開くべきではない<かもれしない>扉が音を立ててゆっくりと開こうとしている、または、開いてしまっている様子を想像する。

数人がかりでないと開けることができないような紋章の入った重厚な扉ではない。長い通路にたくさんのドアがあって、その中でも少しだけ色が違ったり、装飾が異なったりする程度の扉だ。

でもそれはドアではない、扉だ。赤い絨毯が敷かれたその長い通路に、埃は溜まっていないので人の往来があることは、はっきりしている。

通路は薄暗く照らされている。それがロウソクの灯りであったり、シャンデリアのような光であったり、提灯の灯りであったり、気まぐれに通路を照らしている。

ドアによっては、長らく開けられていないことが容易にわかるほど、埃がたまっている。
また、しっかりと釘が打ち付けてあって、挑戦するまでもなく絶対に開けることができないドアもある。
最近開けられたことが、一目瞭然なドアもある。

その奥の方に、通路の奥の方に、同じように並んでいる普通のドアにもかかわらず、扉という印象を受けるドアが、開け放たれている。そして、通路の真ん中には明らかについさっきまで誰かが立っていた印が残っている。それは視覚的でも聴覚的でも嗅覚的でもない。絶対的な印だ。

そこは僕だけの世界であって、僕の世界ではない。生きとし生きる者達が、ヴィジョンは違ってもその意味的空間にはアクセスしているはずだ。僕にとってはそのように見えるだけで、他の人にとっては、足場の悪い森の中にたくさんの洞窟があるのかもしれない。そして、その洞窟の一つから僕は顔を出すのかもしれない。僕は、通路にいるつもりでも。

その世界では、視覚はまったく意味がない。聴覚は基本的には役に立たない。そして、嗅覚はある一定の状況において多少の方向感覚をもたらしてくれる。

僕は、その動物的感覚にも似た嗅覚だけを頼りに、その長い通路をゆっくりと歩き、他のドアには目もくれず寄り道をせず、奥の扉まで辿り着かなければならない。できることなら、そこに灯りに照らされて影のように残る、はっきりとした印を残した人物を探し出し、扉の中に戻ってもらわなくちゃならない、もしまだ通路を往来しているのであれば。そして、もしすでに扉の中に入ってしまっているのであれば、僕は丁寧にその扉を閉じなくてはいけない。


時間と共にその扉は勝手に閉まるのかもしれない。しかし時間が扉を閉じている間も、扉と内側と通路は繋がっているのだ。人生のうちで時間に頼ることができる出来事の方が多いのは事実だが、意味的空間の中では、時間を頼りにすることで失ってしまうこともたくさんある。
一番理想的なのは、僕はその扉の前に立ち、その人に自分で内側からゆっくりと扉を閉じてもらい、カチッという通路の端の見えない暗闇まで届くような貞潔な音で鍵を閉めてもらうことだ。


そうしてはじめて、元にあったものが元にあった場所に帰ることができる。それは、人も物も含めて。


ただ、その一連の出来事を想像するたびに、<果たして扉は最初から空いていたのか>という疑問に足元を掬われる。転げそうになって僕は帽子が落ちないように必死であたまを抱えようとするが、そこに帽子はない。


扉が開いていないのであれば、それはそれで構わない。開いてないのであれば、閉じる必要もない。ただ、それを実際に確認する手段はない。さらに僕が開いていると想像している以上、事実閉じているか開いているかは、あまり大切な意味をもたない。意味的空間にアクセスするには、途方もない労力と不屈の決断力が必要となる。それを丁寧に実行し、通路を歩くことは生易しいことではない。あくまでもそこは意味的空間としてしか存在できないからだ。

僕だけの世界であり、僕の世界ではない。



朗読会が終わってからしばらく経っている。ここ最近、落ち着いた日々が続くこともあまりなかったので、長い間放置していた片付けないといけない事柄を、かなりすっきりさせることができた。こういう日々も悪くない。




あっという間にもう3月が終わりそうだ。3月は不思議な一月だ。そして、嵐は春を連れてきた。


この嵐は昨日と今日だけで、明日は嵐は消え、春だけが残るのだろう。
数日後には、春は実は嵐と一緒にやってきたのだ、なんてことをまるで覚えていないかのように。


でもそれは決して悪いことではない。

何かがやってくるときには、それは一つではやってこない。
いくつかの事象と重なり合い、本当の何かは、その姿をうまく隠してタイミングを見計らってあたかも、はじめからそこにいたかのように姿を見せる。素晴らしいタイミングで。

おそらく扉が開いているのも、その事象の一つだ。


ただ、そのおかげで僕はとても大切なものを発見することができた。長い、長い間向き合ってきたにもかかわらず、見つけることができなかった何か。



3月は不思議な月だ。そして、3は僕が一番すきな数字だ。



「僕は元気でやってるよ。」


「みんな元気でやってけよ。」




通路と扉





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