Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

何者か。

こんにちは。ご無沙汰していました。葦沢リオです。みなさん、お元気ですか?

ようやくイギリスでも春がちゃんと訪れて、衣替えもできました。公園にも徐々に人が集まり出し、緑の鮮やかさや木々の力強さや花のカラフルさ以上に季節を表現してくれています。(天気よかったらすぐ公園でゴロゴロするんだから)

前回のブログを書いてからは、相も変わらず徒労に努力を費やす日々が続き、残念ながらここで特別に何かを発表できるようなニュースはないです。ただ、2年ほど前に出演した【Breaking the bank】という映画が映画館で公開されました。日本ではあまり馴染みがないかもしれないけれど、「そりゃないぜ!?フレイジャー」で有名なケルシー・グラマーという素晴らしい役者さんが主演です。僕は、ほんと端役なんですが、とても楽しい現場でした。ケルシーを含め、気さくな役者さんたちや気配りと心遣いのあるスタッフさんたちに囲まれ、素敵な時間をすごさせてもらいました。

僕は、すでに2年前にスタッフ完成披露試写会で映画をみていたのですが、(イギリスでおそらく一番有名で老舗なレスタースクエアにあるエンパイアという劇場で、イギリスで新作映画公開されるときのレッドカーペットはいつもこの劇場です。) 一般の人たちと一緒に映画を見るのは不思議な感覚でした。


Breaking the bank Empire cinema in Leicester Sq



今のご時世、このようなハリウッド超大作ではないインディペンドな映画が劇場公開されることはほとんどありません。それがケルシーのような有名な役者が出演していてもです。有名な話ですがスピルバーグ監督の【リンカーン】ですら、あやうく劇場公開にこぎつけなかった可能性があったくらいです。映画館離れが止まることを知らず、ホームシネマも充実してきて、Netflixのようなドラマやテレビ映画シリーズが徐々に充実してくる中、映画産業もなんというか、過渡期を迎えているのかもしれません。それでも、ただ単にドンパッチの「映画館で観る方が迫力があるからいいや」的な映画をとめどなく作るような方向だけには進んで欲しくないと思います。


チケットを買って楽しみにして、足を運んで、他の人たちと一緒に空間を共有して作品をみて、エンドロールをみながら作品を振り返って、映画館を出て・・・という「映画を観る」という断片的に切り取った行為だけでない、一連性の経験として映画を楽しむ姿勢と風潮がもう一度、流行ってくれるとよいなぁと思います。

仕事をした後だとか、なんというか鼻先をキューっと引っ張られるように、ピノキオみたいに鼻先が伸びながらドンドンとがっていくような作品に対するのめり込み方をした後には、逆側に立つ、つまり観客に戻ってエンターテインされることもとっても大切で、僕にとってそれの調律を一番行いやすいツールが舞台作品を観ることです。

なので、ここ最近は何本か観に行ったのですが、その中の一つ、「Spoils」という作品が印象的でした。
最近は、【バットマンVSスーパーマン】にも出演して、ルーサーというキャラクターの新しい側面を見せてくれたジェシーアイゼンバーグですが、彼の作・出演作品です。なんというか、とても技術があって器用な役者さんでした。それに作品も久しぶりにすごく物語るオーソドックスな日本での小劇場を思い起こさせるような演出で、最近はエクスペリメンタルで前衛的なものばかりを観ていた僕にとっては、逆にとても新鮮で、とても感傷的になりました。やっぱり物語というのは素敵です。


Spoils










ここでこんなことを話すと心配されてしまうので、ちょっと恐縮だが、今日書きたいことの本題を書くためには必要なので、前もって断っておくけれど、僕は無事で、怪我もしていない。いたって大丈夫なので。


ロンドンに来てしばらく経ってから僕の移動手段はもっぱら自転車だ。2代目マイ・チャリ、ヘミングウェイ。初代のリビングストンは4年くらい僕の相棒でいてくれた。古い自転車で僕が生まれ年に作られた自転車だ。ただ、3年ほど前にチェインセットの一部、ペダルを回すところのベアリングが崩壊し、チェインセットごと入れ替え用にも型が古すぎてどうしようもなかった。そこで泣く泣く、新しい自転車を調達した。それがヘミングウェイだ。

Dawsのアンバサダーというタイプで、クラシックなスタイルを保持したまぁ、パーツは現代のものだ。何かあったときにもすぐにパーツを交換したり修理することに手間取らないというのも、この自転車を選んだ理由だ。そして、自転車から声が聞こえた。そして僕は答えた。

「うん、よろしくな、ヘミングウェイ」

それから彼はヘミングウェイという名になった。


合計約7年ほどの自転車人生、これだけ走行距離を誇るにもかかわらず(多分1週間で少なくとも約80kmくらい走ってる)一度も事故にあったことがなかった。

ちょっと前の水曜日だった。一車線ずつしかない道路をいつものように自転車に乗っていた(イギリスでは自転車は絶対に車道だ。歩道を走ると罰金の対象になる)。

数台の車が僕と同じかそれよりも少し速いスピードで僕の右側を駆け抜けていった。数十メートル先に小さな通りが見え、何台かはスピードを落とし、左折していた。一車線なので、その通りを車が左折するたび、後続車はスピードを落とす。

僕の目の前をシルバーのセダンが走っていたが、スピードを落としたこともあり、僕との距離が縮まった。同時に、その小さな通りにも近づいたため、僕は目に穴が開くくらいその車の指示器をを確認した。点滅はしていない。なので、そのまま僕はスピードを上げてその車を抜こうとした。

その瞬間、何者かが僕に話しかけてきた。「この車は左折するぞ。」と。その数秒後スローモーションで車は左折し始めた。もちろん、時すでに遅し、僕はちょうど左のサイドミラーあたりと激突した。そのままヘミングウェイとこけてしまったが、ただ、何者かの声が僕の頭をかすめたので、受け身をしっかりとって、驚くほど無傷だった。

運転手が出てきた。

「なにやってんだ!」
ものすごく怒りながらの第一声がこれだった。

僕は呆れながら、「指示器を出せよ」といった。彼は、「指示器出しただろう」といった。

もちろん、指示器は出ている。左折する瞬間に出したのだ。

僕は、指示器は事前に出すものだといった。彼は左のサイドミラーが車から垂れ下がっているのをみて、さらに激昂し、Fワードを連発した。助手席に乗っている彼女も出てきた。彼女は何も言わない。

そして僕はいった。「ちなみに怪我はないから。」

彼は一瞬黙り、それから「アー・ユー・オーライ?」と聞いた。

僕は一言、もう行くからといってそのままヘミングウェイと立ち去った。ヘミングウェイの右ブレーキバーが少し曲がっていた。

家に帰ってゆっくりとシャワーを浴びていると、左肩に少しの痛みと、右の腿にアザができていた。アザをおすと鈍い痛みが背骨をとおって、目の奥に到達する気がした。左肩は、シャワーヘッドをホールダーにかける度に少し不機嫌そうな音をたてた。
シャワーを頭頂部に感じながら僕はゆっくりと目をつぶった。


その翌週の月曜日、僕は運河沿いを走っていた。

あまり広い小道ではなくジョギングをする人や他のサイクリストやただ、ショートカットなのか通勤のため歩いている人、ベンチで寝転がりながらビールを飲んでいる人、いろんな目的でその運河沿いの小道は使用される。

僕の前をピンク色のトップをきて、長い髪をポニーテールで結んでいる女性がジョギングしている。小道は半分がタイルになっていて、もう半分は砂利道だ。みんな、もちろん、砂利道よりタイル道を歩くことを好む。砂利道はぬかるんでいる場所もあるし、ゴツゴツしているから。

彼女ももれなく、タイル道を走っていた。ヘミングウェイはマウンテンバイクではないので、砂利道を走るのには向いていない。だから僕もタイル道を走っていた。走っている彼女を追い越すためにはいったん砂利道におりないといけない。
いつもやっていることだ。僕は少しスピードをあげて、彼女に「追い越すよ」と伝えた上で、右側の砂利道におりさらにスピードをあげて、彼女を抜き去った。

そして、いつものようにまた体重を左に寄せ、タイルの上に上がろうとした。

タイル道と砂利道には若干の段差がある。そりゃそうだ。砂利道の上にタイルを並べているのだから。ただ、この段差が場所によってはあまりないところもあるし、すんごい極端に差があるところもある。僕はその中間くらいの段差のところでタイル道に戻ろうとした。

また、体重を左に倒す数秒前に何者かが話しかけてきた。「タイヤがその程度の角度しかタイル道に向いていないと、タイル道の段差を上がれずに、すべってこけるぞ」と。またその数秒後スローモーションで、ダメだ。これじゃダメだと思いながら、角度を変えることができず、ヘミングウェイのタイヤは段差を上がることができず、すべるようにこけた。僕は自分を草むらに投げ出す格好で飛んだ。ヘミングウェイのペダルが弁慶の泣き所を、号泣するほどチョップし、ジーンズの左膝は、ヒマワリの花の萼のように弾けている。中心部はヒマワリのように黄色ではなく、赤だ。

僕はしばらくそこでじっとした。そしてふと、逆に飛んだら運河に突入したな。体は濡れて、臭うだろうけど(運河はものすごく汚い)この傷と打撲はできなかったろうな。そう思って笑った。

その瞬間僕のそばをピンクトップのジョギング女性が追い越していった。「アイムソーリー」と言いながら。


それは僕のセリフだと、僕は思った。


繰り返すけど、僕はこの7年ほど事故にあったことはなかった(2回目のを事故と呼ぶのかはわからないけど)。その理由は、自分で言うのもなんだけど、視野が広いし予測能力が高い。今までに何度もここまで予測してなかったら事故ってただろうなという現場に居合わせたことはある。それになにより、いつでも止まることができる、自分でコントロールできる以上のスピードは出さない。それに無理もしない。


だから、この2つの事故は僕を驚愕させた。


先週からユーロ2016が始まり連日、老いも若きも男も女もテレビに釘付けになって、サッカーの話題に盛り上がり、それを肴にパブで楽しく飲んでいる。

ただ、開催国フランスでは、ロシアとイングランドのフーリガンが暴力的になり、問題を起こしている。フランスでは警備を強化し、今後ファンが問題を起こした場合、ロシアは参加資格を失う。そんなニュースをみていると、テレビの右下の隅でまた何者かが、僕に向かってニヤリと笑いかける。


知り合いの和の中で、一人が横の一人と結託し、正面に座っている人の文句をこそこそ言っている。その他の数人もこの二人が和の中で力があるもんだから、それに無言で従う。そしてこの二人はさらに力をつけていく。

その力で、自分の得ているものを棚上げし、文句が飛沫となり、二人の口からほとばしる。

その和の中心でまた、何者かが三角座りをしながら、和の外にいる僕に笑いかける。右の眉を少しあげながら。


先日オーディションをしたキャラクターは世界中の人間を憎んでいた。退廃した人類に未来はなく鉄槌を下すのが自分の役目だと信じ込んでいた。何者かはすでに僕の背後にまで迫っていた。


来週の6月23日木曜日、世界は近年の世界情勢の中でとても大きな局面を迎える。


EUを離脱するか、残留するかを国民に問う国民投票が実施される。


政治家やいろんな著名人がたくさんの意見を言い、予想をしている。いくつかは正しく、いくつかは間違っていて、感情的なものもあれば、無気力的なものもある。僕の業界も大打撃を受けると言われている。僕の業界の若い世代は残留を訴え、マイケル・ケインは、離脱を主張している。純粋な民主主義がEUによって邪魔されていると。


英国民でない僕に、投票権はない。坩堝の中にいる傍観者だ。でも坩堝を肌で感じている。


世の中はわからないことだらけだ。人間は、自分すらコントロールすることがいろんな事を、人をコントロールできると思ってしまう。結局いろんな予測の中何がおきるかなんてわからないのだ。どちらを選択してもイギリスは今のまま根本的には変わらないだろう。これも僕の予測にすぎない。

ただ一つ、事実はある。

世界は、今ネットを中心にグローバル化が進んでいる。見知らぬ誰かと見知らぬ誰かをネットを介して助け合うことができるそんな繋がりが生まれ始めている。もちろん、良いことばかりではない。

EUも素晴らしい理想を抱えて、始まった。それが当初の理想から徐々に外れ、よろしくない報告に進んでいるのは確かだ。貨幣経済と新資本主義がこんなところでも見えない影響を与えている。徐々に徐々に左足の裏に小さなしこりをつくり、無意識にEUという巨人はそれをかばうことで自分でも気づかずに右へ右へと歩いていく。本来は、まっすぐ直線を綺麗に歩いていくはずだったのに。巨人もそれには気づいていない。

世界はこれからどこへ行くのか。ここでイギリスがEUを離脱すると、老いも若きも男も女も人種も国籍も問わず、地球に生きる人間として、助け合うという理念からまた一つ遠ざかる。地球人という言葉を宇宙人に対して使う言葉でなく、自分たち自身に使うことができる時代がすぐそこまで来ているように見えたのに。


僕の祖母が言った。心に一番響く、そして一生忘れることができない言葉。


「みんな、なかよーせなあかんで。」


今、僕の周りにはおそらくイギリスのあらゆるところに、例の何者かが頻繁に出没している。奴らは、ただ囁く、どうしようもない事実を一瞬先に、そして僕らは何もできず、その事がおきる事を見つめるしかない。僕らは自分に対しても傍観者でしかないのだ。

その自分を、傍観者でない存在に昇華できるのは、他人だけだ。


あと・・・、6日(むいか)。


「僕は元気でやってるよ。」

「みんな元気でやってけよ。」




なかよーせなあかん


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