Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

ロードトリップ 4

ロードトリップ 3 からの続き


目を覚ますと、Mはきちんと横で寝ていた。



二人とも朝に非常に弱いので旅行に来ている時は、

できるだけ早く就寝し
できるだけ早く起床し
できるだけたくさんの

有意義な時間を日中に持とうといつも努力した。
僕ら二人は力を振り絞って


出来るだけ早く起き、


朝食を9時頃には済ませた。


朝食は、庭を見渡せるように壁がすべて窓になっている広々としたリビングの横にあるダイニングで食べた。
銀食器が並び、グラスをひとつとっても、手にずっしりと重みを感じる上等なものだった。夫婦お手製の朝食で、地元の美味しいパンやチーズ、ハムそして蜂蜜が並んでいた。



例のおじさんは、スクランブルエッグが得意らしく、僕が奥さんに半熟卵を頼むと


「それでは、おれが、できること、ない。」
と非常に残念がっていた。


だから、Mがスクランブルエッグを頼んだときは、水を得た魚のように口をパクパクさせていた、エラの代わりに。



朝食の後僕達は、ビスカロッセのビーチで少し過ごした後、ピラ砂丘に向かった。


これが部屋についていたパティオ


出発進行の合図をする前に、お世話になりっぱなしのカーナビに目的地を入力しようとした。まず、僕らはフランス語でのこのピラ砂丘をどう綴ればいいのかわからなかった。それらしきものを入力してみても一向にピラ砂丘らしきものが表示されない。だから、とりあえずピラ砂丘がある場所あたりを目的地に設定し出発した。時間は無駄にしたくない。




到着した昨日と同じように、雲ひとつ無い空の下、両脇に針葉樹が並んだ道路が綺麗に一本まっすぐにのびている。気温もすでにかなり高い。開け放たれている窓から入り込んでくる風が心地良い。道路脇の砂は遠目から見ても、ビスカロッセのビーチと同じ、肌理の細かい砂浜の砂だ。

ピラ砂丘は、僕らの宿泊しているビスカロッセビーチから車で20分くらい北上したところにある。左手に海が見えたり、分厚い針葉樹の林が見えたりと、景色を十分に楽しみながら僕も運転ができていた。

真っ直ぐの道をしばらく運転すると、左手に巨大な砂の山が見えてくる。それと共に、フランス語であきらかに「こちらにどうぞ」といわんばかりの看板が見えてきた。

僕らはとても興奮してくる。なんせ、ヨーロッパで一番大きな砂丘だ。鳥取とは比べ物にならない・・・はず。行ったことはないけれど。(今調べてみると、鳥取砂丘ってでかいんだ・・・)



僕らの前を走っていた車数台が左折して、「こちらへどうぞ」と言っているような看板の方へ曲がっていく。

しかし、僕らのカーナビは、目的地はまだだいぶ先だよと言っている。合ってるのかと疑いそうになるたびに、オレンジのスタッフユニフォームを着た受付のお姉さんの笑顔を思い出す。いや、カーナビは間違っていない。入力したのは僕らだけど。




そのうち左手に巨大な砂の山がはっきりとその姿を現してくる。そして、米粒のように小さいがその頂上付近でうごめく何かも見える。



「あのさ、アレ人じゃない。」



Mも納得だ。あれは、人だ。あんなところを人が歩いている。さらに歩いている人の上空をパラグライダーが優雅に飛んでいる。会話が聞こえにくいと言って、僕は窓をしめて冷房を入れた。



「やっぱりさっきのだったんじゃないの?」



「いや、もうちょっと先だろ。」
僕は、あのお姉さんに誓った。



ずっとしばらく、左手に聳え立つ砂の山が見えている。そしてたくさんの人が、そこを歩いている。不安になるなといわれても無理だ。交通量も増えてきているし、Uターンもしにくい。道路脇はふわっふわの砂浜の砂だから、Uターンをするとしても脇に逸れたくない。ふわっふわの砂の上に止めている車もところどころあるが、ちょっとタイヤが埋まってしまっているんだから。トラブルはごめんだ。

それまで流れていた音楽もタイミングよくプレイリストが終わってしまったのか、車の中を沈黙が漂った。80kmは出ている車が風を割る音と(国道でもない普通の道路なのに、法定最高速度が90kmだったりする。)、時折巻き上げられた砂が車にあたる音が社内に響くだけだ。僕らの左手には砂の山が針葉樹の隙間から見え隠れしている。その砂の山の上の人も。

少なくとも最初に砂の山をみて驚いてから10分は走っただろうか、それでもまだ目的地には到着していないし、ずっと砂の山が見えている。

僕は、大昔に大阪から東京まで原付バイクで片道2泊3日の旅をしたことがあった。その時に、姿が見えてきた富士山に興奮し、「海は広いな」を「富士は高いな」で替え歌を歌いながら、バイクを走らせたことを思い出した。
そして、静岡に入って大阪・東京間を半分は過ぎたかと思ったのに、ずーっと静岡が続き、ひたすら富士山が見えていた事に非常に腹が立ったことも同時に思い出した。

前にもブログで書いたけど、冗談ではなく、本当に、東京・大阪間はほどんど静岡なのだ。


ひたすら砂の山が見えているにも関わらず、入り口に辿り着けないことに少し腹が立ちだした頃にちょうど、道路が右なりに曲がって言った。
頭から「?」マークがたくさん出た。急がば回れなのは、わかるが、ここまで来て山から遠ざかっていくのかと。

「法隆寺に行くなら、一つ前の駅で降りて、歩いたほうが法隆寺をより楽しむことが出来る」みたいな格言があるのも知っている。ただ、それでもここまで来て、離れていくのかと。


砂の山が少しずつ小さくなり、そしてその頂上あたりに居る人もどんどん小さくなり次第に見えなくなった。さらに、針葉樹林が追い討ちをかけるように、完全に視界をふさぎきった。

気分も下がり、車のスピードも徐々に下がっていく。
法定最高速度の表示も40kmとか30kmまで落ちていった。
その雰囲気を察したのかMは黙って音楽を選び、再生し、そしてボリュームを上げた。

「法定最高速度を20kmくらいまで落とさないといけないぞ」という看板をこの世の終わりのように眺めた後、大きな松の木が中央にあるロータリーに出た。

久しぶりのロータリーなのでもう一度自分に、

「反時計回りだぞ」と言い聞かせる。ロータリー入り口に向けてスピードを落とす。
Mの「あ」という声にブレーキをいつも以上に強く踏みそうになる。


それが合図となって何となく僕の焦点がしっかりとロータリーの中心にある看板を捉える。




ピラ砂丘だ。





ちゃんと看板に英語でピラ砂丘はこちらと書いてある。



それにたくさんの車がその方角に列を作って待っている。




ここで間違いはない。それに今までの選択も間違ってはいなかった。人生は選択の連なりだ。選択肢の数の多さが役を演じることだ。ついでに言うと、ビスカロッセからピラ砂丘の入り口までは、ほとんどがピラ砂丘だ。



実はピラ砂丘地域は非常に広い。国立公園の中にあるから、砂丘に近づくためにも15分くらいは歩かされる。




なるほど遠ざかるわけだ。




入場してから駐車場に車を止めるまでにしばらく時間がかかるが、その後は比較的順調だった。こんな場所には似使わないくらい綺麗なトイレで用を足し、準備万端でピラ砂丘に向かって歩き出す。森の中を歩いているのに途中から完全に砂浜の砂になる。天橋立もこんなだったかなとふと思う。でも回りをみると、多種多様の人種がいるので、頭を横に振る。

肌理の細かい砂を一歩一歩踏みしめるたびに、足が靴ごと深く沈む。僕は、「ビーチだし、天気も良いし!」とアイノアで購入したエスパドリーユというバスク地方で生まれたサンダルを履いていた。
手縫いの麻生地で作った草履のようで、かかとまですっぽりと履くタイプだ。藍色で気に入っていた。

しかし、このエスパドリーユは、歩くと裸足に近い感覚だし、それに靴底に厚みがない。そのため、運動靴で軽やかに歩いている子供や、ハイキングシューズで力強く進んでいく中年や、遠慮しがちに革靴であるく紳士よりも、あきらかに砂浜のような肌理の細かい砂の洗礼をもろに受けている。砂が隙間から入り込んできて、エスパドリーユの中はざらざらだ。


それでもじっと耐えて歩いていく。しばらく歩き、不思議な森と砂の小道を抜けると目の前に砂の山が広がる。観光客用に階段が設置されているが、子供や若者は、颯爽と道なき道を砂の山の頂上に向けて登っている。文字通り道なき道だ、砂が細かすぎて、一人が登るとその道は、まわりの砂が流れ込みかき消されてしまう。足跡も残らない。僕は喜び勇んで言った。



「Mよ、階段なんて邪道だぜ」



言葉と同時に踏み出した左足が足首あたりまで埋まる。



念のために、右足を踏み出し、さらにもう一歩先へ進んでみる。もちろん、右足も足首くらいまで埋まる。



形式上、少しだけあたりをキョロキョロして、右足を砂から抜き去り、先ほどあった場所に戻し、左足を砂から抜き去り、先ほどあった場所に戻す。まるで、野生動物のバックトラックだ。僕の場合はおそらくMに見つかりたくなかったのだろう。 別にMは捕食者存在ではない。無責任な比喩を僕はよく使うが、これだけは勘違いしないでほしい。気持ちの問題だから。自尊心を尊重する意味で。


少し大きめに咳払いをして僕は、階段を駆け上がった。しかし、この階段も結構急だ。ジリジリと照りつける太陽が、メタル製の階段に反射し、眩しい。手摺を頼ろうと思ってさわるけど、暑くてすぐ話してしまう。そりゃーそうだ。もうすぐ昼の1時だから、太陽が情熱的で哲学的なモノログを楽しんでいる時間だ。


だけど、そんなこれまでの全部の苦労が吹き飛んでしまうくらい圧巻の光景が頂上には広がっていた。


頂上と言っても、どこか一箇所がとても高いというわけではない。いわゆる海から堆積された砂が高く高く積み重なってできた丘のようなもんだ。(今こう書いて思った。だから、砂丘っていうんだなと。)なるほど、「ビスカロッセ・ピラ砂丘の入り口間はほとんどがピラ砂丘だ。」にふさわしいほど、この砂丘は長い。



さすがはヨーロッパいちだ。今更きちんと調べてみたが、高低の差はあるが3kmに伸び、標高は100mにまで及ぶ。
(インターネット情報上は、鳥取砂丘の方が実はでかい・・・。)



そう考えると、僕らが最初にみたところを歩いていた人たちは少なくとも、砂丘の上を1時間以上は歩いているんだと思う。こんなに足をとられるのに。すごい体力だ。



頂上に出ると、砂丘が海と森の海に囲まれていることがわかる。登ってきた階段に身体を正面に向け、砂丘の真ん中に立つと、左を向くと水平線が見えない海が広がる。そして、右を向くと水平線が見えない森が広がる。上を向くとどこまでも続く蒼が広がる。そして太陽は相変わらずモノログを続けている。





僕は大きく深呼吸をする。そしてMを見る。





たくさんの観光客がいるからあたりはとても賑やかだが、不思議と気にならない。





僕らの隣で、3人組の女の子がジャンプした瞬間を激写しようと何度も飛び上がっている。砂に足がとられて、ジャンプしているつもりが膝を曲げているだけになっている。その上空をパラグライダーが気持ち良さそうに飛んでいる。Mもそれを見ている。そして僕らの目があう。





森から風に乗って聞こえてくる音と香り、海から風に乗って聞こえてくる音と香りは、ちょうど僕らが居る場所で交わり、まるで手を繋をとりあって踊るように小さなワールウィンドを生む。それが上空に向かって登っていき、空の蒼に溶け込む。僕らは完全に一部になっていた。







まったくもって、悪くない。







もし缶ビールなんて持っていたら、この大切な時間が台無しになってしまったと思うほどだ。

(ちなみに、僕からこんなステートメントが出る事は奇跡に近い。)


ピラ砂丘海側



僕は、体勢を移し、森の方に向かって座っていた。



水平線まで森



頂上から一気に駆け下りている人たちがたくさんいる。すごいスピードで駆け下りている。楽しそうにというよりは、なんというかほぼ全力疾走に近い。ポケットからリール付きの手具巣を落としてしまいそれを回収しようとしてスピードが出すぎた結果、塔を飛び移ることが出来たルパン三世のように、最初はゆっくりだけど、その後スピードに乗ってくるならわかる。でもみんな最初から全力疾走なのだ。





「よし、俺はもっとゆっくりかみ締めながら降りるぜ」

そうやって降りるのも一興だ。





僕は、おそらくはこの用途には不便な靴を脱ぎ、立ち上がり腰に手をあてた。
腰に手を当てる直前



しっかり下りる姿を激写してもらうため、Mに携帯を渡し、背筋を伸ばした後、軽く息を吸い込んで吐くと同時に一歩踏み出した。





一歩、二歩、三歩までは問題なかった。しかし、その後僕は叫びながらMの元に駆け上ってきた。それも凄まじいスピードで。

砂が熱い。半端なく熱い。それも表面だけでなく、砂に取られてめり込んだ足が足首までずっぽり全部熱い。



太陽の情熱的で哲学的な、モノログいや、ソリロクイ(独白)が無数の観客の心に染み渡り、観客は興奮さめやらぬのだ。


「うめき声を上げ額に汗して重荷に耐えるだろう、
どんな旅人も帰ってきたことのない
未知の国・・・」



海側の砂は海風で動かされるし、冷やされる。頂上ももちろん、海からの風で冷やされる。ただ、山側の砂は、海からの風をまったく受けないし、基本的に風は海に向かっては強く吹かないため、山側の砂は、その場から動くことなくジッと太陽の情熱的なソリロクイを聞いていたのだ。そりゃー熱せられる。



「あ、ふっ、ひぃ、ほっ」



北斗神拳を受けた敵が憤死する前に吐くような台詞が僕の口から飛び出し、頂上に戻った。それでも太陽のソリロクイが響いている。





「・・・知らない処に飛んで行くよりも
今なめているこの辛酸に耐えさせているのだ。・・・」






Mは大丈夫かと僕に尋ねてくれたが、面白おかしく笑っている。

「僕の足の裏から足首までは、ソリロクイだ。」(口に出して言ってみると音的に面白かったけど、まったく意味をなさないので、撤回します。)

まぁ、大げさに言ったけれど、とにかく足の裏から足首までが、あんなに熱さを感じたのは、人生で初めてだと思う。第二位は、渋温泉の源泉に片足を突っ込んだ時だろう。



僕は熱さに燃える足の裏の砂を払い、エスパドリーユは丁寧に履きなおした。
そして、手縫いの糸がすでに切れていることに気づいて落胆した。砂に足がめり込みすぎて、負担を与えすぎたのだろう。今日はDay 1(デイ・ワン)だ。英語では大切な初日のことをそんな風にいう。デビューとともに、その使命を終えた。





まぁとにかく、これでどうして他の人たちは尋常じゃないスピードで駆け下りていたかわかってもらえたと思う。





「駆けるか去るか、それが問題だ。」





デンマーク王子ほど、大げさに、回りくどく、哲学的に悩む必要も表現する必要もない。




そういって、僕とMは仲良く手を繋いで階段を下りピラ砂丘から去っていった。






あーかションのまち





その日は、それからアーカションというリゾート地にも足を伸ばした。その町は、観光地としてとても有名で独特の建築がある。しかし、尋常じゃない暑さで身体が疲れていたし、尋常じゃない熱さで足もくたびれていたし、それにバスク地方でたくさんの建物を見ていた僕らは、そこまで感銘を受けなかった。大きく深呼吸を何度かしてみても、僕の中の何かが刺激されないことなんてめったに無いのに。



何もかも値段が高く、リゾートという雰囲気が町のいたるところから、漂っていた。
小さな通り一つをとってみても、ふちの広い麦藁帽子に大きなサングラスをかけ、白いドレスを着たお嬢様が数人の男を従え、紙袋を持たせているのが目をつぶると容易に想像できた。ディスプレイやファサードも情熱的な赤が多い。赤は僕の足だけで十分だ。





本当であれば、アーカションのビーチで少しゆっくりする予定だったのだが、ビーチも思ったより素敵ではなく、少し落胆し僕らは早々に立ち去り、結局ビスカロッセのビーチに戻ってきた。







「今日は太陽が沈むところを見よう。」







Mと僕はそう決めていた。太陽はビスカロッセのビーチから見て、まさに海のど真ん中に沈んでいくそうだ。その光景はとても綺麗らしい。





僕らは、7時頃にビスカロッセの民宿に戻っていた。車を駐車場にとめて、ビーチに向かう途中のバーで、赤いクローネンバーグを飲んだ。さっぱりした味わいが一日の疲れを洗い流してくれるようだった。ビーチに着くと満潮が近いのか、50mほどあったビーチから海までの距離が数メートルになっている。そして、ビーチに押し寄せる波の高さが朝の数倍ほどの高さになっている。風も少し居心地が悪いくらい強い。ウィンドサーフィンや、ジェットサーフィン、いろんなタイプのサーファーが沈みそうな太陽を背に、波と踊っている。


僕らは持ってきたパラソルを肌理の細かい砂に力強く突き刺し、丁寧に風に飛ばないようにシートをひく。そしてビールカップに砂がつかないようにもっと丁寧にシート上において、横になった。



波と風の音を聞き、しばらくそこで何も話さないまま時間の流れに身を任せていた。



ビーチの小高くなったところに数人の子供と青年があつまり、水溜りのようになった海の一部を、走り幅跳びの要領で越えようとしている。遠くから歩いてきている二人の大人は、遠くからその子達に向かって何か叫んでいたが、子供たちは一切気にせず、繰り返し、繰り返し大きく飛び跳ねている。まるで、世界には自分たちと広大な海を閉じ込めた水溜りしか存在しないかのように。


波打ち際には、男の子が一人いる。10歳前後だろうか。右手にどこかから流れ着いてきた木の棒をもって、打ち寄せる波を一生懸命切っている。切っては、追いかけてくる波につかまらないように、岸の奥に向かって一生懸命走り、波が彼を捕まえることが出来ない距離に到達すると、クルッと一転し、引いていく波を眺める。それを何度も繰り返している。時には、波につかまってしまい、悔しそうに木の棒を砂浜に叩きつけ、恨めしそうに波を蹴る。その子が叩きつけた木の棒の跡がその時だけは、砂浜に残るが、すぐに波にかき消されてしまう。


僕は、空になったビールカップをシートの上に今まで以上に丁寧においたが、簡単に風に飛ばされてしまった。
運よく、カップはビーチの砂をつかまえすぐそばで止まった。僕はゆっくり立ち上がり、ビールカップを回収した後、シートではなく砂の上に座り込んだ。


見上げた空はまだ青く、太陽は情熱的で哲学的なモノログを終え、月とダイアログを交わしている。


目をつぶり、顎を引いて、耳を触る風の音を聞いてみる。

それから目をあけて、左手の人差し指と親指で、肌理の細かい砂を摘んでみる。





目の高さで、摘んだ砂を離すと、とたんに風に乗って飛んでいく。

でもどうやら、思ったより風は強くないようだ。






今日は、太陽が沈むところをみよう




結局、僕らは地平線に沈んでいく太陽をみなかった。





別にどちらかが何かを言ったわけでもないが、
僕らが世界と共有する一日は、そこまで意図的に、個人的な演出を必要としていないのだ。





つづく


これが実はオリジナルのクローネンバーグ!

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