Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

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ロードトリップ 5

ロードトリップ 4 からの続き


ボルドー地方の地図



そもそも、Mはお酒を飲めない。ウイスキーだったら香と味を、ビールはその爽快感を、ワインだとその奥深さを、日本酒だったら純米酒を楽しむことはできるが、身体がアルコールを受け付けない。本人曰く、ブランデーが一番マシなようだ。じゃぁ、ワインも大丈夫なんじゃないかと思うが、同じブドウ由来でも違うらしい。

手前勝手に言わせてもらえれば、もしMが僕と同じくらい飲む人だったら、うちは遥か昔に破産している。時々、ふと寂しさを感じることがあるものの、概ね感謝している。




いわゆるお酒を飲めるか、飲めないかは、遺伝的に決まっているようだ。
確かによく友だちに「日本人なのに何でそんなに飲めるんだ」なんてことを言われる。


日本人の44%は、アルコールを分解する酵素が低活性または、不活性らしい。モンゴロイドにのみこの酵素の低活性、不活性が存在する。白人と黒人は100%活性だ。とはいえ、モンゴロイドと簡単に片付けることもできない。だって、中国人は41%のみが、これにあてはまる。しかも中国の人口を考えると3%と言ったってかなりだ。


酒を神聖なものとし(キリスト教だってワインは神聖だったからね)、非常に素晴らしい食文化を育み、酒と食の素敵な付き合いを確立している「我々日本文化」にも関わらず、半数近くがそれを享受できないというのは、まさに「なんてこった」だ。(個人的にはね)



ということを今、書きながら興味があったのでインターネットで調べてみた。



インターネットで検索するのは、ドラえもんが四次元ポケットから必要なものを探すのに似ている、と思う。確か、ある話でのび太がドラえもんの四次元ポケットを持っていて、ポケット中に手を突っ込んで、必要なものを探したが一向に見つけることができなかった、という話があった気がする。でも、ドラえもんは間違えることなく必要なものを一発で引き出すことが出来る。インターネットも同じだ。上級者が使用すれば、必要な情報をかなり短い時間で見つけることが出来る。上級者でなくても、根気があれば可能だ。しかし、これは技術に基づいたインプルーブ可能な能力だ。学校教育でもこの能力をちゃんと鍛えてあげて欲しいと思う(まぁ、やってるんだけろうけど)。



経験に基づいた情報の方が根付き易く普遍性があるのは事実だけれど、色んなことをネットで調べることができる一過性の情報も捨てたものではない。ただそれを満喫するには、与えられた情報、望んだ情報から取捨選択が出来る能力が大切だ。もちろん、これはネットであろうが、図書館であろうが、現実世界であろうが、関係はない。

そこで、さらに英語が出来るというのは、この検索の世界をさらにを広げる。別に英語だけってことはないけど、やっぱりこの言語を用いると、情報量の選択が増える。それが絶対によいというわけではないけど、与えられた膨大な情報の中から自分の裁けるレベルを知り、しっかり自分の芯を持って、ものを見、選ぶことが出来るなら、情報は膨大であればあるほど、良い。


田舎道を走る無人の電車が、深夜からの積雪で車輪が線路からスリップしてしまい、田んぼに突っ込みそうなところで、話を本筋に戻すと、僕はこの能力をもとに、宿泊しているビスカロッセからの所要時間と距離とクオリティーを、英語で検索し、そのワイナリーを見つけたのだった。


本当は、メドック地方に行きたかったのだが、ボルドーの町を観光することもこの日のプランに入っていたから、メドック地方に行くと、移動だけでかなりの時間を要してしまう。そのため、前日に悔し涙のしょっぱさを味わいながら前もって予約していた、メドック地方のポイヤック村のあるワイナリーのツアーとテイスティングはキャンセルした。

旅行前にマインドパレス(頭の中)で想像した時には可能かと思っていたから、にんまりしながら予約したが、やっぱり旅行も後半になり、車での移動と疲労を考えて、あきらかに無茶な予定を入れするのはやめることにした。その代わり、ペザック・レオニャン地方というボルドーの南に位置する村のワイナリーを、所要時間と距離とクオリティーに英語を混ぜ合わせた生地で丁寧に縫い合わせた手袋を、真夏の容赦ない日差しの元、指の先まできっちりはめて四次元ポケットに手を突っ込んで探し出した。


メドック地方にいけないことがどれほど心残りで、その代わりに何とか、見つけたペザック・レオニャンのワイナリー。この軌道修正は、この旅行中に行った。便利な世の中になったものだ。どこからでも四次元ポケットに手を突っ込むことが出来るんだから。


僕はこの努力を、アーカションのワイン屋で購入したハーフボトルのサンテミリオンの赤ワインを飲みながら、熱くMに説明した。


Mは、そのワインを少し口にし、甘さが良いねと言いながら、納得してくれた。

飲めないMからすると、おそらくどうでも良い話だろう。


その僕が選んだペザック・レオニャンのワイナリーはいったん、13:00にはクローズし、その後、14:00からまたオープンする。定期的に英語とフランスのツアーとテイスティングを行っているらしいので、予約無しで来ても大丈夫というようなことが書いてあった。



現地まで車で約1時間ちょっとなので、遅くとも12時くらいまでに到着すれば、何とかなるだろうということで僕らは出発時刻を10:30頃に決めた。その後僕らは、ボルドーの街も観光するつもりだったから、なんだかんだで3時頃にはボルドーに着きたいと思っていた。ボルドーの町までは、そのワイナリーから30分もかからないはずだ。



ここまでが前夜、少し良い気分になってベッドに入るまでのプランだった。早めの朝食にしようと。



翌朝、僕らが食事についたのは9時半頃だった。遅過ぎはしないが、早くはない。おじさん得意のスクランブルエッグは、時間がかかるし、僕の半熟卵の茹で時間は、6分間だ。
今日は3日目の朝だ。言わなくてもおばさんはもう覚えてくれている。

初日の朝食で僕は、卵の食べ方を聞かれて、半熟卵と答えた。するとおばさんに「何分か」と聞かれ、その質問の意味をまったく理解できなかった。彼女はちゃんと英語を話していたし、おじさんに比べるとフランス語訛りも少ない。ただ、僕は単純に誰かから、「ゆで卵は何分」なんてことを聞かれた事は今までに一度もなかったし(これからも無いような気がする)、質問の意味を理解できなかった。
そもそも僕は、卵を卵たて(卵の台座)に立てて、スプーンで先端を小突き、殻を割り、白身と黄身を食べるこのタイプの食べ方に、半熟卵以外ありえないと思っていた。ゆで卵になってしまったら、台座なんて意味がない。あの台座とスプーンを小突くこの一連の動作とその味が僕は好きなのだ、とても動物的で。
とはいえ、僕は家で半熟卵はめったに食べないし、自分で作ることもない。極稀に煮卵は作るが、それも四次元ポケットから出てきた料理レシピを真似るだけだ、文字通り。まさか卵を茹でる時間に、人それぞれ好みがあるなんて思っても見なかったから、僕はおばさんの言葉をまったく理解できずに、おじさんのようにエラ呼吸をしていた。そこにすかさずMがすごい勢いで酸素を送ってくれた。水を通してでなく、直接空気で。その結果、僕の半熟卵は、6分になったのだ。

半熟卵をあける機械、名前はわからないけれど、台座の半熟卵の殻を割る中心が丸いギザギザになっていて、はさみを扱うように親指と人差し指を入れ、摘むように動かすと、中心の丸いギザギザが小さくなったり大きくなったりする。これで、半熟卵の先の殻を割り切るのだ。中心の丸いギザギザが大きくなったり小さくなったりするこの小さな機械は、ヒルだったり、マムシという海釣りで使うミミズのような餌の口元を思い起こさせた。
その機械をおじさんが、いつも遅れて持ってきた。僕が半熟卵を食べ終わっているのを見て、いつも「あ。」と言った。

僕はそれを結局一度も使わなかった。



僕らが朝食を終え、部屋に戻った頃には、すでに10:30過ぎになっていた。

僕は早速用意をすませ、(えげつないけど)部屋の入り口で待機し、Mをせかした。これが一番有効な手段だ。

そして僕らは11時過ぎには何とか出発進行の合図を二人で奏でることが出来た。もちろん、僕のテンションは上がっている。なんたってワイナリーだ。

住所もしっかりとわかっているから、カーナビに入力し、少し焦り気味で出発した。

前にポルトガルのポルトというところで、ポートワインという甘いデザートワインのワイナリーを訪れた。イギリスでは有名なこのポートワインだったが、僕は好きじゃなかった。でもワイナリーを訪れてからというもの、このデザートワインは、甘いものが苦手な僕の食後の素晴らしいデザート代わりとなっている。そうだ、体験は人の好みを変えるのだ。



今回も僕のフランスワインへの考え方はいったいどうなるんだと、楽しみで仕方なかった。



路に迷うことなく、平原を切り開いた大きな道路を慣れたアクセル加減で90km~130kmくらいで走った。非常に天気の良かった金曜日だったし、少し道は混んでいたため予定より遅れて12:15くらいに、ワイナリー近辺に到着した。緑に囲まれたボルドーの街郊外で、目的地のワイナリーに到着するまでに何個かワイナリーを通り過ぎた。ドキドキする。シャトーとは、フランス語でお城という意味だ。お城と聞いて僕らの想像するようなアリアハンみたいな豪勢なものではない。どちらかというと城よりも豪邸に近い。もちろん、城みたいなシャトーもあるけれど。



たいていシャトーは広大な敷地にあって、豪華絢爛な門構えだ。僕らが選んだワイナリーも例にもれず、奥のほうに建物が見えているが、入り口からはかなり距離がある。看板で、何となく、「入り口はあちら」というようなことが書いてあると思い、入り口を横切り、近くにある駐車場のようなところを見つけて車をとめた。


街が近いせいか、車を出ると熱気がすごい。僕はイギリスに来てから、もうかなりの年数日本の夏を経験していない。ただ、僕の曖昧な記憶によると日本の夏はこんな感じだ。緑もたくさんあり、虫の声や熱い空気が頬を撫で、肺を通る。



「これさ、ワイン買ったら気をつけないとね。」



「え?どういうこと?」
Mは本当に意味がわかっていないような返事をした。



「え、トランクにいれてたら、モルドワインになっちゃうよ。」
モルドワインとは冬に飲む暖かいスパイスがたくさん入った赤ワインだ。僕はあまり好きじゃない。



「え?買うの?」



「買うよ。なんで?」



「気に入るかどうかもわからないのに。」



そんな夏のように暑い僕のテンションと冬のように凍りついたMのテンションは、別に周囲の温度に影響を与えることもなく、僕らは外をブラブラした。


入り口らしきところを見つけたので僕らはそこへ向かう。
誰もいない。それに、車が一台も止まっていない。別にセミも鳴いていないから、シーンとしている。



いやな予感が頭をよぎる。



「まさか。」



僕とMは二手に別れ、あたりを探り出す。どこかに入り口はないのか。人は、いないのか。ワイナリーの名前がどどんと書いてある蔵を見つけたので、僕は軽く押してみる。扉はとても冷たい。なるほど、こういうところでちゃんと保存しないといけないんだな、と一人で納得する。いや、納得している場合じゃない。ここまで来て本日休館です、みたいなオチはいらない。四次元ポケットで探り当てた情報は間違っていないはず。

僕は時計を確認する、すでに12:20だ。後40分しかない。額から汗が垂れる。別にこれはあせっているからではなくて、非常に暑いからだ。

僕は、いったん車に戻って水分補給をしようと、車のドアをあけた。ものの数分クーラーなしで締め切っていただけなのに、熱風が飛び出してくる。肺に入り込んでくる風がとにかく熱い。ペットボトルの水も白湯程度まで熱くなっている。寒さを例える言い方で、骨に染みる寒さとは言うけれど、この暑さを上手く説明するには、「皮膚に溶け込む暑さ」が妥当じゃないだろうか。なんだか勝手に疲れてしまって、腰に手をあてて、ボーっとしていると、Mがゆっくりしかし軽やかな足取りで帰ってきた。笑顔だ。

シャトーの近くに入り口らしきところがあるようだ。そっちに誰かいるかもしれないから行こうといった。


僕の気持ちも少し、明るくなる。

ワイナリーの中



僕らは、大きすぎないがエレガントなシャトーを横目に見ながら、そばにある小さな蔵のほうへ向かって歩いていった。
シャトーの正面には楕円形の丁寧に整備された芝生があり、その周りを白い砂利が路のように囲んでいる。昔はここを馬車が通っていたのかなんて想像する。足元の砂利が深い、それもトンボで引いてきちんと慣らしたように線ができている(トンボって正式名称なんだろうか?高校で部活の後グランドを慣らすときにつかってた巨大な熊手)。そこまで深くはないし、今日は革靴を履いているから、足は埋まっていかないがピラ砂丘の記憶が少しよぎる。

イギリスの夏に慣れきっている僕らは、普段夏でもこんなに汗をかかない。「口癖はまるで、サウナのようだ」だった。ボルドー近郊は大西洋から内陸に入るし、フランスでは3番目に大きな街だ。大阪と一緒だ。だから街の近くは暑い。それも、宿命的な暑さだ。このうだる暑さが一歩一歩、足に不必要な重さを載せてくる。



暑さは重力なのだ。気分によっては。




小さな蔵の横に少し寂れたような鉄の扉がある。もしかすると、ここで昔は馬屋だったのかもしれない。

中に入ると少しひんやりして、汗が少し落ち着いた。大きなボルドー近郊の地図とワイナリーの所在地、それにマグナムサイズ(1.5L)のここのワインボトルが並んでいる。

でも人は相変わらずいない。奥に受付のようなところがあったので、そこへ遠慮しがちに歩いていって、座りながら電話している受付のおばさんに話しかけた。


「あの、すみません。ツアーに参加したいんだけど。」

おばさんは、水を飲んでいる最中に話しかけたような、舌の上でツルッと水を転がしたようなフランス語で電話の相手に、おそらく掛け直すような事をいって電話を切った。

艶がはるか昔に失われてしまった黒い髪を頭の横で束ね、大きな目の黒目が少し内側に寄っていて、眼力がある。その力に似合った大きな鼻に、似つかわない小さな口のバランスを整えるように真っ赤な口紅が目をひく。その口が、また水を飲んでいるようなフランス語訛りの英語でささっと動く。

「もう午前中は閉まったよ。次に開くのは14時だ。」

僕は、「え?」という前に時計を見た。まだ、12時30分だ。
大丈夫僕は間違ってない。

「あの、まだ12時30分なんですけど、閉まるのは13時じゃないんですか。」

小さいけれど、まっかな唇が急速に薄く伸び<へ>の字型を作る。

「何言ってんだい。ランチの時間だよ、ランチ。」

「え?でもまださんじゅ・・・」

「ランチ。なんだい、あんたたちはランチ食べないのかい?私たちは食べるんだよランチ。」

この短いセンテンスの中にこのおばさんは何回ランチと言っただろう。

そういえば先輩の役者さんが、フランス映画の準主役をした時にパリに2ヶ月ほど滞在していた時の現場は天国だったと言っていたのを思い出した。

たとえロケの撮影現場でも、ランチの時間になると、どこからともなくテーブルが設営され、白いテーブルクロスがきちんとひかれ、テーブルの上には白と赤のワインが置かれる。そして料理はちゃんとスリーコースだそうだ。きっちり1時間半から2時間ほどのランチをとり、そこからは中途半端なお茶休憩はなく(イギリスではこれがよくある)集中して撮影をする。料理もとても美味しいらしい。いろんな国の現場に行ったがフランスが一番良かったと言っていた。

大きな映画の現場なんてまさに「時は金なり」だ。そこでもこれだけ食事を重要視するんだフランス人は。ワイナリーで働いている人たちなんて、それこそ、そこのワインをやりながらランチを食べるんだろう。そりゃー大切だ。

そんなことを考えながら、僕は絶句していた。
それを察したのか、おばさんが「次の英語のツアーは、14時だよ。」と言ってくれた。

僕はMの顔を見る。そりゃーそうだ。14時からツアーなんてしてたら、15時にボルドーになんてつけない。ボルドーだって結構見るところがある街だ。本当だったらそれこそ半日じゃ足りないくらい。

僕らはしばらく日本語であーでもないこーでもないと意見を交換していた。

そこにポツンと残されたおばさんは、僕らを制するかのように言った。

「あんたらもランチ食べておいでよ。ランチ食べるんだろ。」

こんな陸の孤島のようなところに何もあるわけないじゃないか。ここに来るまでの道中、葡萄畑と民家しかなかったのに。

「わかりました。じゃぁ、14時からツアーを予約してもらっていいですか。」

「はいよ、わかりました。」
これでおばさんは、解放されると思ったのだろう。少しおばさんの顔に笑みが戻った。

しかし僕は、さらに食らいついた。


「この辺りでオススメのレストランを教えてもらえませんか。ランチ食べたいんです。」
繰り返すけれど、本当にあたりには何にもなかったのだ。ランチもせずに1時間半も時間を潰したくはない。ボルドーに行って帰ってこれるほどの時間でもない。それにディナーをボルドーで食べたいから、あまり遅くランチをとりたくなかったし。


「あー、2件あるよ。車かい?」
おばさんの話し方が非常に雑になってきた。おそらく足元は見えなかったが、足をカタカタ小刻みに震えさせていたにちがいない。

「そうです。車です。どちらがオススメですか。」

僕がその質問をすると同時におばさんはポストカードを僕らに渡そうとしていた。手はプルプル震えていなかったが内心震えていたろう。貴重なランチの時間が削られているんだから。それは2件のうちの一つのレストランの宣伝ポストカードだった。僕がどちらがオススメですかと言った瞬間、その手をとめて、カードを引っ込めた。

「んー、こっちじゃないな。」
一人で首を傾げている。

「じゃぁ、別のレストランのチラシをもらえますか。」

「んー、ない。」
非常に面倒臭そうな表情にかわる。唇が伸びきって<へ>の字どころではない。伸びすぎて唇の端が顎のあたりでくっつくんじゃないかというくらい。

僕が「え?」と返事をする前に、「住所を教えるから」と非常に切れ味の良さそうな包丁のようにシャープな声とボリュームで僕を遮った。

「ありがとうございます。」

お礼を言っても、大きな少し内側に寄っている目が瞬きをせずにこちらを見るだけだ。
こういう事に非常に鈍い僕もさすがにおばさんが、もはや機嫌が悪いを通り越して怒っているのがわかった。

貴重なランチの時間が奪われているのに、我慢がならないのだろう。ひとえに言ってもランチを食べるだけでなく、休み時間なんだから。労働には休息が必要だ。

おばさんは、僕らにペンと神がないのかと尋ねた。僕は「ない」という代わりに携帯電話を出して、レストランの名前をタイプしてもらった。おばさんは、右手でタイプしながら、時折左手の爪をかみ、舌打ちする。僕が横から携帯を覗くとフランス語を必死で打とうとしても、表示されていなかった。それが原因だろう。いや、ここまでの件すべてか。

舌打ちと同時に、僕に「フランス語が打てないから、代わりに英語使うから。」と食べ終わったバナナをゴミ箱に投げ捨てるように、言葉を投げた。


「ありがとうございます。そこ混んでないですよね?」


僕は、人の頭から湯気が昇るのを初めて見た気がする。しかし僕も僕だ。もう、去ればいいのに。ピラ砂丘ではデンマーク王子ほどの執拗さもなく、簡単にあきらめたくせに。

おばさんもおばさんだ、機嫌が悪くなればなるほど、なぜか非常に親切になる。そのままブツブツ、念仏でも唱えるように、受付に行き、おもむろに電話をかけだした。そして、少し不機嫌だけれど、また水を口に含んだままで話すようにフランス語で何やら尋ねている。そして、少し力強く受話器を置いて僕らの方を向いて言った。電話がチンと鳴った気がした。


「大丈夫、予約してあげたから。日本人が行くって。」

そう怖いけど親切なのだ、このおばさんは。


「ありがとうございます。そこへはどうやって言ったらいいんですか。」

そこでついに彼女は言った。

「んー!」

フラストレーションの限界なのか、その一言だけ発し、全身を使って車でどうやってそこまで言ったらいいかを説明し出した。右手は宙を舞い、話のイマジネーションで車が前進する時は、足も一緒に前進する。左手は、僕の方に常に向いていて、僕が、「今のなんて?」と聞き直すと、オー・マイ・ゴッドの役割を果たしていた。説明の間あいだに、「ここから車で10分もかからない、簡単だ。」と繰り返し言っている。まるで枕詞のようだ。


言葉と体と感情が複雑に絡み合うと、人は踊るのだ。たとえ道案内であっても。


全身全霊で道案内をする人と出会うのは、この人が最初で最後だろう。・・・であってほしい。


正直なところ彼女はそこまで英語が達者ではない。それに水フランス語(もう略した)のアクセントが強いから少し聞きとりにくい。もちろん僕だって英語は母国語じゃないっていうのもある。ただしっかり耳を傾けないと英語を話しているのか、フランス語を話しているのかわからない。かろうじて<水加減>の強さでどちらの言語を話しているかがわかる。

僕らはもちろん非常に申し訳なく思っているので、これまでの説明の中で色んなタイミングで「もうわかりました。行きます。」と言った。そういうと彼女は、僕らが本当にわかっているのか説明をもとめる。僕は思い出せる限り、彼女の説明をくり返した。



彼女の顔に絶望の表情が浮かぶ。



「ノー!」

そう言って、また念仏のようにフランス語を唱えながら、急ぎで受付に戻り、ごそごそいろんな引き出しを開け始めた。受付は空き巣に入られたような状態になっている。そして、紙とペンを持ってきて、そこに地図を書き出した。これが彼女のリーサルウェポンだ。

僕は失礼にも紙とペンあるじゃんと思った。けど、口にも出さなかった。Mの顔は見たけど。

彼女は<地図>を紙に書いてくれた。地図と言っても、彼女の口頭での説明に合わせて線を引いていった迷路のような地図だ。目標物もなく、ただ、一本の線が右や左に伸びている。そしてその最終地点にはレストランの名前があった。


僕は、しばらくそれを眺めた。


そして、ありがとうと心を込めてフランス語でお礼を言った「それじゃぁ後でね」とおばさんが言ってくれたのをきちんと聞いてから、そこを離れた。

Mと僕は、本当に真剣におばさんの説明と地図を元にレストランを探した。結局、見つからなかった。

そして、僕らは四次元ポケットの機能をもったカーナビにふと、レストランの名前を入力してみた。


すぐにヒットした。


迷った挙句たどり着いたよくわからない場所からレストランまでは10分ほどだそうだ。僕らは完全に行き過ぎていた。おばさんの地図にはほとんどの小道が省略されている。小道とはいえ僕らにすればれっきとした道路だ。そりゃーわからない。


とはいえ、結局のところ僕らはおばさんに何度頭を下げても足りないくらいの感謝をすることになる。そのレストランは後々調べてみると星がついているレストランで、ランチだからリーゾナブルだった。知り合いだったから予約も取れたのかもしれない。

そのレストランは、ワイナリーのレストランで僕は折角だからと、細かいことを確認せずハウスワインの赤をグラスで頼んだ。運ばれてくるグラスと、香りと味わいはとても洗練されていて、非常に美味しかった。後で会計を確認すると、グラスで数千円するワインだった。

鼻血がでそうになった。

もちろん、その後そこのワイナリーに訪れたらボトルが一本数万円するワインだった。ワイナリーでしかも2014年のワインでそんなにするなら、どこかのレストランで飲んだらいくらするんだろうと数字に弱い頭で計算しようとして、やめた。


ここはもう一つのワイナリー



おばさんに本当に感謝だ。レストランもワインも。



そのレストランは独自の時間が流れていて、結局食事が終わった時点で14時を過ぎていた。それから、急いでもとのワイナリーに戻ったが、到着したのは14:30を過ぎていた。

申し訳なさそうな顔で受付に向かい、件のおばさんと目があった瞬間に、レストランが非常に素晴らしかったことを、感情と言葉と体を使い、踊りとまではいかないまでも、一生懸命伝えた。

ランチと休息をとったおばさんの髪の毛と顔には艶が戻っていた。相変わらず水フランス語だったけど。

そして、にやりと笑って言った。

「うまかったろ?」


すでにツアーは始まっていたが、おばさんが途中参加させてくれた。すでにツアーの団体はワイナリーの蔵の中を周っていたので、そこまで連れて行ってくれた。

ワイナリーの中。天国のようだ。


蔵の扉は鍵がかけられていた。


「なんで、鍵なんてかけるんだ、誰もはいってこないのに。」


僕らに対して機嫌が悪かった時の三倍くらいの音量と勢いで怒鳴った、扉に向かって。そこにはゴミ箱にりんごの食べカスを投げ捨てるような感情の薄さと重さがあった。



「ちょっと鍵を取ってくるからまってろ。」



おばさんの後ろ姿をみながら僕は考えていた。



僕とおばさんは、蔵に歩いてくるまで少し話をした。

僕はおばさんにこのワイナリーの人なんのかどうかを聞いた。一族で運営しているワイナリーはたくさんある。日本の酒造みたいなもんだ。酒屋の子みたいな。おばさんは違うと言った。「付き合いは長いんだけどね。」と言いながら本日一番の笑顔を見せてくれた。


おばさんは感情をむき出しだ。でもとても親切だ。「とても」という形容詞では表せないほど、親切だ。それもとても正直な親切さだ。正直に親切な人は、この世にはとても少ない。


正直に親切であるということは、根っからの人好きだということでもある。


僕は、ツアーでワイナリーを堪能し、テイスティングをして後、おばさんに再度お礼を言い、シャトーを離れた。


シャトーを出る時に僕は、帽子を脱いで頭を下げた。



正直に生きることはそんなに簡単なことじゃない。おばさんのことを思い出すと、いつも僕は身が引き締まる思いになる。


あざーしたーーー!!



つづく

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