Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

何者かの猛威

長らくご無沙汰してしまいました、Leoです。
みなさん、お元気ですか。

前回までのブログは「ロードトリップ」と称して、久しぶりに物語調を勢いで毎週書いていたので、自分の8月と9月の出来事をまったく書いてなかったですね。

旅行から帰ってきた後、一番大きかった出来事は、主演させていただいた永井隆博士の伝記映画「All That Remains」の関係者完成披露試写会があったことです。

All That Remains関係者完成披露試写会

関係者披露試写会(英語ではScreeningと言います。披露試写会がPremierです。)は、映画作品の大きな節目です。僕も、自分が関わった作品の披露試写会を見て初めて、しっくりと「終わった」という感覚が五臓六腑に染み渡ります。

もちろん撮影が終了した時点で、役者としての「役目」と、契約としての「仕事」は、終了しているし、その次のプロジェクトがあれば、特に振り返ることもないのですが、役目と仕事という糸は、まだ僕の背中あたりに気がつかない重さでひっついていて、しっかりと繋がっています。関係者披露試写会は、その糸を丁寧に外し、試写会に集まったスタッフさんや共演者さんの糸も同様に自分の糸以上に丁寧に外し、残してくる場所です。その場に残った莫大な糸は、上映中に映画の中に綺麗さっぱり溶け込んでしまいます。



そして、しっかり「終わる」のです。「始まり」のために。



僕にとって初の長編主演映画だったので、その糸の太さ、重さは今までとは圧倒的に異なりました。だから、この試写会はとても特別なものになりました。

遅くなりましたが、ここまでたどり着けたのは、みなさんの直接的、間接的、超常的サポートのおかげです。本当に有難うございました。感謝しています。

日本での公開は、まだ未定ですが水面下で動いているようです。また何かここでもお知らせできることがあればと思います。北米ではすでにDVDが販売されているようです。北米にいらっしゃる方は是非・・・。


それからは、声の仕事をしたり、キャスティングの自転車操業。で、10月中旬頃に、RADAという王立の演劇学校のスタジオでプレイリーディングに参加しました。

Japan Foundationが、「明日の風」という日本で有名な劇作家の作品をこちらで紹介するプロジェクトを行っています。(5作品、5作家を日本から招待し作品を披露)

1作目は、3月にプレイリーディングにも参加させていただき、良き友でもある鈴木アツトさんの作品「グローバル・ベイビーファクトリー」、そして第2作目になる永井愛さんの「歌わせたい男たち」に参加しました。

いつもお世話になっている大先輩の森尚子さんや伊川東吾さんと一緒に、瞬発力だけでやりきるようなプレイリーディングは、とても刺激的で勉強になりました。

それからは、悲しい別れがあり、それでも力を振り絞って自転車操業に戻り、骨休めにポーランドのクラクフに週末遊びに行き、それから僕の所属する劇団の公演があり今に至ります。

今は、来年早々から始まる映画の撮影に向けて調整しています。長丁場になりそうなので。




とまぁ、普通のブログならここで「それでは、また次回まで!」になるんでしょうが、ご存知の通り、僕のブログはよっぽど僕のブログを楽しみにして頂いている物好き素晴らしいファンの方か、身内・知り合いにしか楽しんでもらえないほど、くどく、長いですから。ここでは終わりません。




ビルカナウ2





しばらくずっと話していた「何者か」が世界中で猛威を古い、アメリカ国民の耳元でひたすら囁き続け、トランプ大統領の政権が生まれた。

それから、イギリスを含めていろんなところで、この「何者か」は今度は人々の耳元でささやくだけでは飽き足らず、人々の影にすっと入り込み、人の行動をコントロールし始めた。もちろん人々は気がついていない。何者かが自分の影に入り込んだことを。

耳元で囁かれた時に、「ふざけるな、私は、俺は、そんな挑発には乗らねぇ。」と断固として、何者かを拒絶した人たちの影にも、何者かは簡単に入り込む。

何者かは、あくまでも中立的に、傍観者として人類の歴史にずっと関わってきた。それは、いつも間接的だし超常的だと表現する人もいるかもしれない。人の小さな小さな心の隙を利用して、影にすっと入り込む。

人は両手を地面から離した瞬間からずっと影と一緒に生きてきた。プラトンなんて、人間は洞窟で鎖につながれて、正面の壁に写る自分の影を自分だと思って生きているのが人間だと言った。それほど、僕らと僕らの影の関わりは深い。

この何者かは、結局のところ人類が長い歴史をかけて、生み出したものだ。人類の歴史に関わった星の数ほどいる個々の人間たちの影の欠片が集まり、時勢の影響を受け、中立でありつつも、僕らは戯れのようにつつく。

まるで赤ん坊が、自分の周りになるものを<それが何であったとしても>満面の笑みで口に入れるように無邪気だ。





ビルカナウにて





今この時代は、この何者かが非常に活躍しやすい環境が整っている。

何者かは、真の孤独ではなく、人の中にいて孤独を感じる人々に一番感化しやすい。妄想を自分の中に抑え込むことができず、自分の和魂をぶちやぶり、広く外へ外へ出て行こうとする渇望をどうすることもできない人々が、何かを思うその瞬間に入り込む。妄想と渇望は、体と精神のバランスを崩し、人を想像力の枯渇状態に陥れる。

そして、今のこの与えられた平和と溢れる情報が、こういう人たちを無尽蔵に生み出している。


何者かが最も嫌うのは、人と人との真のつながりだ。身をもった血肉の通った繋がり、いわゆる新しい・古い出会い。足を使い、口を使い、体全身で人と人が出会う。このエネルギーが想像力を一番育み、そして、何者かの力を弱くする。そして、それが僕らが今、生きるこの世界と社会で一番足りないものだ。


人がどんどん、人を好きじゃなくなっていく時代。


人が人と接することに努力しなくてよくなっていく時代。


広がることにより、希薄になる内側。


その弊害は必ず何らかの形になって現れる。


僕は、それが、本当に最悪の形にならないことを切に祈る。


皆さんそれぞれが真剣にそれを考えて、そして、自分ができることを続けて欲しいと切に願う。


常に「何者か」の声に耳を澄ませて欲しい。





ビルカナウ4







「何者か」は「あなた」なんだから。







ビルカナウ3







クラクフの観光の目玉の一つはアウシュビッツ収容所だ。クラクフの町から車で1時間半ほどだ。世界史を専攻しない限り、日本では第二次世界大戦時のホロコーストというだけで、あまり深く勉強しない。

今を生きる僕たち日本人を含め、世界中の人間が、(この事実を知らない赤ん坊だって)ここで起きた事実の責任を背負っていることを忘れてはいけない。実質的な責任を負っているんだということを。









塩タンこう










ちょっと何だか暗くなっちったけど、僕はエネルギーに満ち満ちて「元気でやってるよ。」みんなも「元気でやってけよ。」


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