Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

元気でやってるよ。元気でやってけよ。

気がつけば、2017年が始まってもう2ヶ月も経ちました。花粉症の到来と共に、僕の身体が敏感に春の訪れを感じています。 皆さん、お元気ですか。2017年、スタートダッシュ中でしょうか。


間にあってホッとしてます。2月中にどうしても、ブログを書いておきたかったのです。ギリギリセーフで喜んでます。


え?だって・・・だって・・・


2017年の2月で10周年記念なんです「元気でやってるよ。元気でやってるよ。」が!


僕の稚拙な文章を読んでくださっている奇特な貴重な読者の皆さんのお陰で、10年間続けてくることが出来ました。


感謝しております。本当にありがとうございます。


思い返してみれば、日々の出来事を外部記憶装置のごとく、ネットの世界にポロポロと鹿の糞のようにこぼすところから始まり、流行にも任せて、できるだけロンドンやイギリスの情報を紹介しようとしてみたり、役者の観点を生かして、映画や芝居の作品紹介を 書いてみたり、みたり、みたりで、色々挑戦してみたけれど、最終的には、エッセイ的雑記に落ち着きました。

更新の頻度も毎日投稿していたのが、1週間に1回になり、1ヶ月に1回になり、最終的には1年に1桁更新になってしまいました。 でも、ブログを書くにあたってのコミットメントとモチベーション、さらに自分の時間を相談すると1ヶ月に1回くらいが一番心地良いように思います(もうちょっと頑張らないと!)

今後はどれだけ忙しくても1ヶ月に1回は更新しようと思います。いや、10周年記念に、ここに宣言します。


私、葦沢リオは1ヶ月に1回は「元気にやってるよ。元気でやってけよ。」を更新します・・・。
(「・・・」は別にき、き、き、気にしないでください。)


それに、この機会にブログのデザインも新しいものにへ、へ、変更しました。FC2ブログの共有テンプレートからカックイイのを選ばせていただきました。これまた、感謝です。



この10年を通じてたくさんの知り合いがブログを初めて、止めて行ったし、色んなソーシャルネットワークが出来て、ネットの世界との付き合い方は大きく変わっています。 (だって僕もついにインスタはじめちゃったもの)

それでも、僕が続けることが出来た根本的な理由は、僕は書くことも非常に好きなんだということです。

自分の周りに起こった出来事、それを感じた自分、その自分を咀嚼する自分、それを自分に還元する自分、というサイクルを無意識に行っていて、そしておそらくこのサイクルは、人間の代謝と同様3~4ヶ月ほどで目に見える形で現れてくるんだけど(望めばね)、人は、個々にあった手段でそれを保存しています。

僕はその手段として、書くという行為を好んでいるように思います。役者という仕事をするプロセスの中でも書く行為は非常に重要な位置を占めます。

同業者の中には、書くという行為がイメージを着床させ、イマジネーションを殺してしまうという人もいるけれど、僕は、書くこと、そして書いたことを読むことで、自分のアクセスしたいラフな言葉にも映像にも表現できないような生々しい自分の源泉に、アクセスすることができます。だから書くという行為はまさにそこへ辿り着くためのブループリントとして存在しています。


というようなことを書きながら、2007年2月にブログを始めたことを思い出してみました。



「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」というタイトルとそこに込めた僕の始まりの思いは今もまったく変わっていません。


日本語を読むことができない人と仕事をすることがほとんどなので、「これから出会う人へ」には思うように僕のメッセージは届いていないかもしれないけれど、その分、日本語で読んでくださっている読者の方々に僕という媒体を通して、いろんな人の「元気」が届いてくれればと思って書いています。


「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」というメッセージは、僕から皆さんへのメッセージであり、そして同時に、皆さんから僕へのメッセージでもあります。

そして、僕が今まで出逢った人やこれから出逢っていく人から、皆さんへのメッセージでもあります。
そうやって僕らはみんな、みんなで繋がっていると思います。



そのためにも、僕は引き続きこんな緩い感じで「元気でやってるよ。元気でやってけよ。」を書いていこうと思っていますので、これからもどうぞ宜しくお願いします。 20周年を楽しみにしていてください。




葦沢リオ


10年間ありがとうございました。これからも宜しくお願いします。



という、いかにも締めのような、あとがきのような文章をプロローグということでいつものようにブログを始めます。



さーて、改めて、いつもの調子でLeoです。ご無沙汰してしまいました。みなさんお元気ですか。
(おー、調子戻ってきたぞ。)

僕はお陰様で忙しくさせて頂き、今になってようやく心身共に落ち着いてきたように思います。

最後にまともにブログを書いたのは11月、秋でしたね。今年は冬があったのか無かったのかわからないように、僕の冬は過ぎていきました。

まだ、お気に入りのコートが着たりないくらいです。


11月に劇団の公演を終え、その後、映画の撮影準備に入り、2017年に入って3週間ほど撮影で南アフリカのケープタウンにいました。


南アフリカいってきました。



就労許可証も降りて、いざ出発の準備が整って、よーやくプロダクションからフライトの詳細を受け取った。


「ん?12時間!?」


所要時間が12時間になっているのに、まず最初に驚いた。
いやぁね、考えても見れば当たり前なんだけど、だってアフリカの先っちょまで行くんだからね。

メルカトル図法のおかげで、地球を平面で考えることになれてしまっていて、で、このメルカトル図法のお陰で、距離感が全然わかんなくなっちゃってて、家に帰って地球儀で調べてみると、そらそーだよね。直線距離で、ちょうどイギリスから日本と同じくらいの距離なんだもの。でも、地図で見ると、イギリスから日本までの距離の方が1.5倍くらいは長く見えるもんね。

そんなことがあってよーやく重い腰(両手)をあげケープタウンの色々を調べてみた(打ち込んでみた)。

南アフリカはあまり治安は良くないが、ケープタウンはアフリカのヨーロッパと言われているくらい治安は他に比べるとマシであること、喜望峰は絶対に見に行った方がよいこと、物価が安いこと、そしてワインが旨いこと。


僕の頭の中で「ワインが旨いこと」という言葉が何度も反芻するが、仕事で行くんだから飲んだくれちゃだめだ。
ワイナリーなんて巡ってる暇なんてないんだと、しっかりと言い聞かせた。


それにケープタウンはこれから夏真っ盛りだということ。

確かにそーだ、南半球だから。人生発の季節チェンジ。衣替えで押入れの奥においやった半袖や夏服を引っ張り出して、スーツケースに詰め込んだ。3週間は結構長いけど、夏物となるとあんまり荷物にはならなかった。

スーツケースは二つ。一つはほぼ空っぽだ。僕は、しめしめと思う。
そして、「いやいや、仕事なんだから。」ともう一度自分に言い聞かせた。





ケープタウンに昼頃に到着するなり、半分パニックになったセカンドADから、「どこにいるの」的な留守番電話が入っていた。完全に僕が乗っていた飛行機の便名と到着時刻を間違えている。

迎えに来てくれていたドライバーが、ものすごく軽い感じで「4時間もここで待ったわよ。」と言った。

「あー、もー。」という感じでもない。さらっと5分くらい待っただけかのように、彼女は言った。

僕は「4時間は長いよね、Sorry」と言ったものの、ここでのSorryは日本語の「ごめんなさい」という謝罪とは違って、可哀想だねという文脈になる。 でも僕としては一応謝罪の念を含むことができたという思いで、自己完結的にスッキリした。こういう時は英語は便利だ。


彼女はすでにもう一人の役者と一緒にいた。彼の名前はアレクサンダー・ウィローム、デンマーク出身の役者で、堀の深い渋い典型的な北欧的白人だ。


荷物をガラガラ運びながら、駐車場まで歩く間、思ったより暑くないなとか、季節が変わる感覚はやっぱり慣れないなとか、天気と気温の話で盛り上がった。 ほほう、初対面の人と天気や気温の話で盛り上がるのは、イギリスだけではないんだと感心した。


僕らは、しばらく自己紹介だったり、どの配役かを話した。僕は、英語をしゃべりながら日本語訛りをどんどん強く調節して「ロンドンに住んでる日本人だよ。」としゃべるお決まりの自己紹介をやったりした。

アレクサンダーはガハハと大きな声で笑っていた。しかし、シリアスで豪傑な目元で、甘い笑顔をする割りに、口が悪い。ひっじょうに口が悪い。 でも、攻撃的ではないから、別に気にはならないけれど。


大阪でいうところの「しばくぞ」の使い方と一緒だ。大阪で「しばくぞ」の汎用性ははかりしれない。
口は悪いが愛嬌がある。そんなことを考えながら、僕はにんまり笑っていた。


一瞬の間があって、彼が言った。


「Sorry, We, Danes, swear a lot.(すまんな、デンマーク人は口悪いんだ)」


それを聞いて僕は大爆笑した。
ロンドンで仲の良いデンマーク出身の友だちも仲良くなった最初の頃に同じことを言っていた。


空港からホテルまでの30分の車の中、そこで僕らはこれ以上ないほど意気投合した。



目的地に到着し案内された場所は、ホテルではなくアパートメントだった。

オーナーの恋人である(なんで恋人がここにわざわざ来るんだ)親切な女性が、このアパートの広さとか、天井の高さとか新しさとか立地条件の良さとかを、分厚い唇をブルブルさせながら説明してくれた。細身の長身で、高いヒールの靴をはいている。きらきらのバッグを細い腕にかけて、ひたすら喋り続けている。煌びやかさはクレオパトラに匹敵する(なんでだ?)

でも、あまりにも唇がブルブルしているのであまり彼女の言っていることが耳に入らなかった。

その女性の他にも二人女性スタッフがいた。プロダクションのアコモデーション&トランスポートチーム(宿泊とか移動を担当するチームね)のスタッフだ。

二人は人種がまったく違うにも関わらず同じ体系で同じ身長、それに同じ髪型で、さらには同じ声のトーンとスピードで、色んな事を説明してくれた。「ローゼンクランツとギルデンスターンだ」と喉まで出かけた言葉を引っ込めて、アレクサンダーを見た。やつにいたっては一切話を聞いていない。


歴史上以上に長生きしたクレオパトラとローゼンクランツとギルデンスターンは僕らを完全に圧倒し、プロダクションからもらった南アフリカ用携帯電話に必要な連絡先を入力し、手作りのガイドブックを残して去っていった、異様な余韻を残して。


僕らはボソッと言った。「ビールでも飲みに行くか。」


やっぱり仕事であろうが、プライベートであろうが、知らない土地ではビールを飲むと、いろんなことが腑に落ちる。


アレクサンダーも一言「いいね。」と言った。
口は悪くなかった。


とりあえず荷物を置いて出かけようということになった。今日は、移動日だから仕事はない。

異様に天井が高くて巨大なアパートにさらに圧倒されて、コソコソと荷物を置いていたらドアをノックされた。なんでかはわからないけど、絶対に僕の方がアレクサンダーより用意が早いと思ったので、結構驚いてドアを開けてみると、唇ブルブルが立っていた。


僕は唇に驚いて声を上げそうになったけど(ごめんなさい、嘘です。)、丁寧に用件を聞いた。


クチブルは、「折角だし私の車で二人をドライブに連れていってあげるわ」と言った。

その背後から、「What's up(どうした?)」と素晴らしいタイミングでアレクサンダーが現れたから、クチブルはもう一度、同じ事をやつにも言った。



葦沢リオとアレクサンダーウィローム




クチオパブルは、テーブルマウンテンやライオンズヘッドなど観光名所を遠くから指差したり、海沿いを走りながら、美味しいレストランやケープタウンという街の話をたくさんしてくれた。

ミニクーパーをオープンにし、唇にさらに風うけながら、もはや彼女が何を言っているのかわからなかったが、とても親切な人で、面倒見が良い人であるという事はわかった。(後日ヨガマットが欲しかった僕に彼女は、まっピンクのヨガマットを持ってきてくれた。)


彼女は、僕らをウォーターフロントという海沿いの観光ショッピングセンターで下してくれてた。


最後の最後まで唇をブルブルさせながら、何度もその美味しいレストランの名前を叫んでくれた、僕らのために。


紹介してもらった美味しいレストランへ直接足を運ばずにまず僕らはパブのような店でビールを飲み、お互いの話をした。

出会ったその日に、自分の話、それも結構深い話をすることなんて、ほとんどない。思い出せるのは昔一人でイギリスを旅していた頃にそんなことがあったような無かったような気もする。


それから僕らはインフォメーションに行き、クチオパブルが教えてくれたレストランの名前を念のために確認し、その店が寿司屋であることを知った。あの唇からこだまする風がもれるような音は「Sushi」と言う音だったんだということがようやく、わかった。


そこで僕らは、フュージョン寿司を食べた。海の幸が豊富で新鮮なので、特にオリーブオイルなどで味付けした洋風刺身には、舌鼓を打った。それにワインが美味しくて安い。

世界中の役者に唯一に共通して言えることは、(今まで僕の知る限り)やっぱりよく飲む。気がつけば結構ワインをあけて、十年来の親友のように色んな事を語り合った。


アレクサンダーは、今回の映画の撮影で日程が被ってしまったから、自分がバットマンの声を演じたデンマーク語吹き替えの「レゴ・バットマン・ザ・ムービー」のプレミアに出れないことを残念がっていた。

やっぱりデンマークはレゴの国だし、残念だと、バットマンの声で言った。
僕も、今回の映画での主演女優とのシーンがどんな風になるのか不安だということをバットマンの声で言ってみた。


僕は、撮影日程的にその日は、空いてるんだから帰ってプレミアに出ることを自分の声で勧めたし、 アレクサンダーは、どんな有名な役者でも有名でない時代があったわけだから、他の役者の気持ちもわかるはずから心配するなと自分の声で言ってくれた。


その後僕らは、スーパーで必要最低限の買い物をして、帰路に着いた。
日曜日は6時でアルコールの販売が中止になるのを二人で目玉が飛び出すほど、驚いた。奴も僕も大阪弁でいうところの「しばくぞ」を互いに連発しあった。



翌日から、アレクサンダーはブートキャンプ、僕はトレーニングコーチとの稽古が始まった。



ところで結局、僕とアレクサンダーは、僕がケープタウンにいたほとんど毎晩飲み歩いた。

アレクサンダーは、新しい人に出会うたびに冗談で、「僕ら新婚旅行でケープタウンに来ているんです。」と言いながら、ガハガハと笑っていた。

色んな面白い話があるんだけど、それはまたの機会に。





僕の冬は、この撮影と共に始まり、終わった。いや、終わりそうになっている。


冬の残り香が僕の身体をうしろめたそうに撫でるけれど、僕の鼻は敏感に春の到来を感じている。



一つの季節が終わりを迎え新しい季節が始まる。




特に冬から春という季節は、季節の変わり目として、一番、エネルギーを秘めている。





それは、人間だって同じだ。





春は必ずやってくる。





僕は「元気でやってるよ。」

みんなも「元気でやってけよ。」







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