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Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

青い空と大きな時計、霧

青い空と大きな時計、霧1




頭の天辺に落ちる滴がどの方向へ流れていくのか予想することも、男にとっては暇つぶしの一つだった。

ポチャリと少し大きめの滴が頭頂部に落ち、左のこめかみを通り頬骨の横を流れたところで、首を右に傾けると頬を通って口元に流れてくる。滴の大部分は髭に堰き止められてしまうが、少しは乾いた唇を潤わせた。

男は、目の前にある薔薇の紋章で象られた青銅の分厚い扉を直視して耳をすませた後、うなだれた首をもちあげ上を見た。

太陽光が天に突き刺さるように聳える塔の天辺の小窓に差し込んでいる。
小窓から男までの距離は数十メートルもあろうか。

男が着ている深緑のベロア生地のシャツは、もはや壁に生える苔の色と変わらない。
おそらく白色だった膝下までの長さのズボンも地面の湿気に塗れた石畳の色と変わらない。


その男の両手は男の背後で手錠を掛けられ、長い鎖に繋がれている。
錆ついた鎖は、男の両手からまっすぐにかび臭い石畳の地面に落ちている。
非常に重い鎖のようで、男の手首の皮膚はただれてしまっているようだ。

いったん地面に落ちた鎖は、男が動くたびに獲物を感知した蛇のよう微妙に反応するが、男の背後の壁へ伸び、レンガ造りの壁に鎌首をもたげ、楔に繋がっている。

楔の足元には、新鮮な藁がしいてある。

そしてその楔の横には、ケシの花が一厘だけ咲いている。
ここには赤以外の色が存在しないように思えるほどに真っ赤な花びらだ。



この場所が円筒の牢獄と言われていることを男は知らない。
 


筒状になっている壁のまわりを重たい鎖を引きずりながら、一周歩いた後、男は、低いうなり声を出して、鎖を力いっぱい引いた。


キンという音が楔から聞こえた後に、新鮮な風が楔の隙間から入ってくる。

男は耳だけで背後を確認し、もう一度壁のまわりを一周した後、鎖を力いっぱい引いた。

もう一度、キンという乾いた音が男を包むように走り回った。

爪が無くなった左足の親指に力を入れ、何かを確かめるように男は壁の周りを一周し、鎖を引く。 

今度はキンという音の代わりに、楔が藁の上に静かに落ち、同時に手錠も緩んだ。

そして沈黙が男を包む。

男はすぐさま目で音を聞くように鋭く青銅の扉を睨み、瞬き一つしない。

息を止めじっと扉に耳を澄ます。





口から丸い空気の玉を押し出すように息を吐いた後、藁の上でぐったりした蛇のように動きもしない鎖を静かに手繰り寄せて、男は扉に近づき扉の横の壁に背中をつけ、座り込んだ。

そして、ゆっくりと自分の両手を目の前に出し、手のひらを覗き込んだ。

自分の知っている自分の手のひらとは、見た目も形もまったく違っている。


男は、身体中にこみ上げるものを感じて、とっさにその両手のひらで顔を覆った。


しばらくの間、男はそうしていたが、天辺の小窓から鳥のさえずりが聞こえた瞬間、敏感に反応し小窓に差し込む太陽を確認した。


こめかみに流れてくる汗を拭い、大きく息を吸い込み、扉の方へ身体を向ける。

男は、扉の向こうから革靴のかかとが石畳の通路を鳴らす乾いた足音が近づいてくるのを逃さなかった。
耳障りなほど、軽快な足音だ。



男は目をつぶり、見慣れた足音の主の顔を想像した。
憎しみや恨みは一切感じなかった。


足音は、扉のすぐそばでとまり、主が扉に鍵を差し込んだ音が聞こえた。

男は、楔の横にあった一厘のケシの花を目の端にとらえ、方膝を立て、利き手の左手で鎖を力強く握った。

赤という色が初めて役に立つ。男は、そう思った。


 

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