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Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

迷走

『迷走』読んで字のごとく「迷う」「走る」の言葉が組み合わされたものだ。

大辞林によると「定まった道筋・進路を通らないこと。」という意味だ。


この二つの文字の組み合わせから生まれるイメージは、辞書が意味する内容と少し違うように思う。
「迷いながら走る」、「迷った結果走る」、「走ることを迷う」等を想像するのではないだろうか。



数年前にイギリスのEU離脱の国民投票で、色んな国の色んな人々に囁き続けた「何者か」は非常に力を増し、イギリスやアメリカで猛威を振るい、その後日本を含むアジアに移り、世界を覆いつくしている。

そして囁いた声に従った僕らの行動をエネルギー源にしてどんどん膨らみ、もはや酸素で呼吸をする必要もなくなり、地球を飛び出し宇宙に浮遊しながら悠々自適に地球に向かって囁き続けている。強くなりすぎた影響力のお陰で、もう僕らの耳元で囁く必要はないのだ。後は、地球を覆う雲や大地に降り注ぐ雨にその意志を少し乗せ、ほったらかしておけばいい。そうすれば、僕らが勝手に自分の意志だと思いこみ、「何者か」の意志を代弁した行動を起す。


各言う僕も、手を変え品を変えで迫ってくる何者かの囁きに取り込まれた人間のうちの一人だった。
そうなってしまうと、シスイの目も驚くほどの影響力を持って僕をコントロールした、もちろん僕の知らない間に。

何者かの支配下にある自分の一部を自分で気づくためには、特定の種類の出来事が人生の中に必要になる。そうのような出来事は、自分自身に違和感を感じさせてくれる。
残念ながらそんな違和感でしか、僕は何者かの囁きに気づくことができなかった。それ以降はきちんと、囁きを聞くことができるが、それではもう取り返しがつかないことだってある。

自分でも気がつかない自分の一部になっているものを引き剥がすには文字通り、大きな対価を払うことになる。
そして、そういった対価と言うのは大抵、自分の身を引き裂くに等しい痛みや苦しみや悲しみや絶望を伴ってやってくる。



迷走1




人間は生まれ持った資質と環境によって後天的に得る能力によって構成されている。心を含む五感(とその先の感覚)というフィルターを使って感じることと理解することもこの資質と能力によって左右される。


何者かは人が日々生きることで、知らず知らずに獲得するこの能力の隙間に少しずつ囁き続ける。資質の隙に入り込む余地はない。そして、人は囁きの息吹をふんだんに含んだその能力を発揮することで、無意識のうちに何者かの意志を体現する者となってしまう。


それは、自然界を除く人の単位で構成されている社会や国のような大きなものにも、絶対的な力をもって直接的に影響を与える。


ヨーロッパの今の草分けになった力強い国民像のあるフランスですら、そのデモに何者かが影響を与え始めた。
イギリスのような国ですら、得意とする経験論の中にこの何者かが囁く隙を与え、今その影響力を発揮している。ご存知の通りEU離脱の迷走だ。


「僕は、どのような風が吹くのか恐れながら腰をあげ、舳先に立ったもののまさかここまでの嵐が目の前から迫ってくるとは、夢にも思わなかった。船腹には2019という記号が刻まれている。この嵐をどのように切り抜けていくのか、僕には検討もつかない。」


人が色んな表現手段を持っている理由と言うのは、それだけ他者とコミュニケーションをとる必要があるからだ。英語が世界言語として認識されていて、英語を話せる人口が飛躍的に増加しているのは、それだけ世界中の人間が理由はどうあれ、世界中の他者とコミュニケーションを取りたいと願うからだ。そういう漠然としたコミュニケーションに対する渇望はあっても、自分の手の届く範囲にいる人たちとのコミュニケーションに対する意識は疎い。


何かの形が、終わりを迎えようとする時、なぜそれが始まったかをきちんと考えることは本当に大切だ。ある人の言葉を借りれば、そこに黄金の意志があったからこそ、それの始まりが実現したのだから。始まったものが長く続けば続くほど、何か問題が起こったときに解決するための活力に繋がる。持続力は重力をもった強い力だ。


そしてこの持続力は、絆とも呼ばれる。


紛争が絶えず、二つの大戦を引き起こし愛する者の命が無碍に損なわれ続けることに疲弊したヨーロッパが振り絞って紡いだ繋がりの結果がEUだ。もちろん、飽和状態にあるEUにはたくさんの問題がある。

今の時代は、あの頃に比べると人々の暮らしは非常に豊かだ。無碍に愛する者の命が奪われることは、雲泥の差で無くなった。しかし、ヨーロッパ史上一番長い平和は、平和の中で発生する非常に典型的な問題によって忘れ去られてしまう。命を脅かされない人々は、権利を脅かされることや所有するものを脅かされることを恐れる。そして、脅かされるのを恐るあまり先手必勝の先制攻撃をしかける。

さらに豊かさは多くの人の心を暇にし、鈍くする。柔らかくひ弱になった土台の上に積み上げられていく僕らの能力の間は隙間だらけだ。そこへ何者かはすっと、囁きを滑り込ませてくる。



迷走2





人は、誰しも迷う。迷って何かを決断し、何かがある方角へ進む。


人によっては、立ち止まって迷い、決断し、進む。
また別の人にとっては、座り込んで時間をかけて迷い、決断し、立ち上がり、その決断が正しいのかもう一度迷い、決断を決断し、進む。あるいは、迷いながらも進み、進みながら決断し、決断した結果がすでに進んでしまった方向と違うため、別の方向へ進まざるを得ない人もいるだろう。さらには、迷いながら走り、走りながら決断しているため、決断の選択肢が走っている方向にしかない人だっているだろう。

その迷い方は様々だ。だけど、例外なく人は誰しも迷うのだ。そして進むのだ。前とは言わない。その方向が前であろうが、後ろであろうが、それは主観的な判断だ。大切なことは、進むことだ。

なぜなら、進むことは自分の周りの空気を動かす、そして動かされた空気は流れをうむ。無意識のうちにこの空気の流れは他人に影響を及ぼす。その空気の中心には自分がいる。そうやってたくさんの人が中心にいる空気の流れが多重的で多層的に交わることで、自分の中心は他人の中心でもあり、他人の中心は自分の中心にもなり、密接に人と人は繋がっている。その繋がりを僕らは無意識で感じることができるから、それを確かめたくて、コミュニケーションがとりたくなるのだ。


だから、迷うことは大切だ。迷わないと進めない。


何かに迷い決断し進む時の人の歩みは少し早い。それは、走るという行為に非常に近い。無意識に歩き出すことはあっても無意識に走り出すことはない。だから、走るのかどうかは、意識的な決断が必要となる。実際のところ、人生は概ね歩いているだけが一番精神的にも肉体的にも健康的だ。ただ、誰しも意識的に走らなければならない時がやってくる。


何が始まる時に必要な意志は、走ることで輝きを増し、黄金の意志へと昇華する。
それが、始まりを「はじまり」として、成立させる。


サリンジャーの名著『ライ麦畑で捕まえて』に有名なセリフがある。


「I don’t care if it’s a sad good-bye or bad good-bye, but when I leave a place I like to know I’m leaving it. If you don’t, you feel even worse.(それが悲しいさよならであろうが、嫌なさよならであろうが、関係ない。ある場所から去る時には、きちんとその場から去ると感じたい。そうじゃないともっと嫌な感じがするんだ。)」



果たして、ホールデンは本当に去る必要があったのか。

そして、ホールデンは本当に去ったのだろうか。



僕達それぞれが色んなことに大いに迷わなければいけない。
そうでないと進むことができない。


ただ、僕は切に祈る。


「迷うときには【何者かの囁き】を痛みを伴ってでも引き剥がして欲しい。そうでないと、本当に大切なものを本当に大切にできないから。」


その程度は違っても何者かの囁きの支配下にいない人間はいない。
でも、総体の最小単位である僕らがそれをしない限り、総体は本来の力を取り戻すことができない。


そして人がすべからく生まれながらにもつ資質には、漠然とした繫がりに対する渇望を具現化する力がある。それを自分の能力として再確認して欲しい。


何かの終わりが色濃くなればなるほど、その始まりだったものは色褪せていく。
持続力という絆は、五感を伴った思い出や記憶に蓋をする力に変わる。


何者かの囁きに影響された僕らの視点は始まりの色と正しい五感を失わせる。
そして、終わりが始まる。




今、地球の未来の瀬戸際を見ている気がする。
このイギリスのEU離脱如何が地球上全ての人間の未来を大きく左右することになると、僕は真剣に思っている。




当たり前だけれど、僕にも大きく影響を及ぼしている。






僕は元気でやってるよ。

みんなも元気でやってけよ。


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