Leo Ashizawaの「元気でやってるよ。」「元気でやってけよ。」

自分がやりたいことを少しでも伝えるには、自分自身の中でそれなりに土台が必要です。僕の土台はこのメッセージ。これまでお世話になった人へ。これからお世話になるであろう人へ。ロンドンで活動する役者、Leo Ashizawaからの便り。

【贅沢博物館巡り】②

British museum 002
①の続き
、の前に導入。

僕個人的な意見、承知の通り、僕は美術館の開館から閉館までずっとそこにいることができる男です。(おーっと、前回と話がちっがぁーう!って思った人はちょっと待って。ってか、温泉ランドを思い出して。)
だけど、博物館にはどう、頑張っても一日はいれません。正直なところ2,3時間が限界。なぜかってーと、疲れるから。(いや、東だから。)でも、その疲れる原因ってのが、そのエネルギー的なものが大きくて。


博物館の所蔵品から発せられるよくわかんないエネルギービームみたいなのが、ものっすごい僕を疲れさせる。中東諸国の原油ぐらい溢れかえって、火柱ができるくらいの、そのエネルギー。もちろん、美術館の作品もエネルギーが溢れてるものもいっぱいあるんだけど、それとはちょっと違う。


博物館の所蔵品たちと、美術館の作品たち。
何というか、エネルギーのベクトルが違う。


博物館の所蔵品たちの発するエネルギーのベクトルは無尽蔵で的を得ないものがほとんど。(そりゃあ、そうでしょう。基本的に、別に人に見せる為に作ったものではないから。もち例外あり。)
美術館の作品たちの発するエネルギーのベクトルは対象を限定した集中型のものがほとんど。(そりゃ、そうでしょ。見てもらうために作ったもの、何かを伝える為に作るものが作品なんだから。もち例外あり。)


要するに、
ある真空状態の部屋の中で、誰かが撃った鉄砲の弾がもう「危ないって!!」っていうくらいガンガン兆弾しまくってるよーな衝撃、これが博物館の部屋。一方で、作品の前に集まってきた人に向かってショットガンの弾が散弾してるよーな衝撃、これが美術館の部屋。

そんな感じなわけです。僕にとって。だから、博物館の部屋にいる時とかは、必死でその弾を避けようとしてるんだけど、もうズキューン!ズキューン!!と紙一重で身体に命中しまくってしまうので、ものっすごい疲れてしまう。どこから弾が来てるのかすらもわからないから、(スナイパーの位置が見つけられないから。<鷹の目を使えば、衛星経由で狙撃手ポイントをハッキングで割り出せるかもしれないけど(笑)>
そりゃ、こちとら、もう大変。

それに比べて、美術館の部屋は、ある程度、無意識に心の準備をしてから(美術館に行く!行為自体で、ある程度、心の準備できてる。)、作品と対峙するから、ショットガンでズトン!!といかれても、もってかれることなく、腹筋で跳ね返せる可能性もある。
ただ、やっぱり、何度もズドンといかれると、もちろん疲れるし、傷になってくるから休息は必要。でもまた、傷を癒せば何度、ズドン!!!っていかれても耐えることができるし、もってかれても大丈夫。


だから博物館は特に【贅沢巡り】が適応されるのであった。
(美術館なら一日で廻りきれる場合もあるから。)


そんな、そんなお話を踏まえてから
次にいってみよーかー。


さらに
つづく。

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